【連載】ミヤザキが行く!研究者に“突撃”インタビュー
-教えてマヌエラさん!ドイツから日本に来て研究を始めたのはなぜ?脱炭素社会で問われるエネルギー倫理と併せて伺います
連載「ミヤザキが行く!研究者に“突撃”インタビュー」。インタビュアーは“ミヤザキ”こと、宮﨑紗矢香です。
環境研究の研究者ってどんな人?どんな社会を望んで研究しているの?背景にある思いなどをミヤザキ目線で深堀りし、研究、人柄の両面から紹介します!
Vol.09:HARTWIG Manuela Gertrud(ハルトヴィッヒ・マヌエラ・ゲルトルト)さん(社会学の専門家)
第9回のゲスト研究者、マヌエラさん(右)と筆者。研究所の一角にて。
「地球沸騰化」とも言われる昨今。脱炭素社会の実現は社会的な課題ですが、日本をはじめ多くの国のエネルギー政策は、技術経済的な方針を重視したものだと言われており、その意思決定プロセスに倫理的・社会的視点が欠けていると指摘されています。
今回は「エネルギー倫理」と呼ばれる観点から環境研究を行う、マヌエラさんにお話を伺います。幼い頃から日本への関心をもち、社会政治学から学びを深めてきたというマヌエラさんの生い立ちと秘めた思いとは?
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Vol.01:江守正多さん(地球温暖化の専門家)
インタビュアー:宮﨑紗矢香
対話オフィス所属、コミュニケーター。大学時代、環境活動家グレタ・トゥーンベリさんのスピーチに心を動かされ、気候変動対策を求めるムーブメント、Fridays For Future(未来のための金曜日/以下、FFF)で活動。
始まりは民主主義と市民社会への関心。ドイツから日本に渡り研究キャリアをスタート
宮﨑 マヌエラさんは特別研究員として、エネルギー政策や技術の倫理について研究していると聞いています。改めて専門分野とともに、これまでの経歴や活動を教えてください。
マヌエラ 専門と聞かれると難しいのですが、もともとはベルリン自由大学で日本学を学んでいたので、しいて言うなら日本を中心とした社会政治学ですね。
最初に興味があったテーマは民主主義と市民社会で、日本の市民運動は海外に比べて数が少ないと言われていることから、その背景を探求したいと思いました。
修士課程では、環境運動をテーマにアクターネットワーク分析をやりました。その過程で筑波大学に留学して半年間研究を行い、リサーチアシスタントとして論文を書きました。それからドイツに一旦帰り、NHKベルリン支局で3年間働いたため、修士課程を卒業するまでには少し時間がかかりました。
その後、博士課程で再び日本に戻り、筑波大学で学位をとって2020年に卒業しました。子どもの頃から環境問題やエネルギー問題に関心があったので、その問題と深く関わっている市民社会や環境運動が研究のスタートになりました。
大学院生時代、Tsukuba Global Science Weekで発表するマヌエラさん。
宮﨑 アクターネットワーク分析というのは、環境問題などに対して行動している主体を分析するということですか?
マヌエラ そうです。環境政策に関する議論の過程で、誰がどのように情報を交換していたのかなどを分析します。
環境団体や政治家、企業などを調査して、どのようなアクターが強いのか弱いのか、なぜ強いのか弱いのか、エネルギー政策に影響を及ぼすアクターは誰か、それはなぜかなどを考えます。日本とドイツをそれぞれ分析し、テーマによりどんな関係性があるかなどを可視化しました。
宮﨑 その結果、わかったことはありますか?
マヌエラ 日本は縦割り社会であるということが見えてきました。産業分野のアクターが強い一方、市民社会のアクターは弱く、政策などに実効的な影響を及ぼしにくいようです。ドイツには様々なアクターがおり、NGOなどの声が比較的大きいですが、日本と同じく産業団体の声はやはり強いです。日本とドイツを比較すると、ドイツはよい例だと言われていますが、私はそう思っていません。
たとえば、脱炭素に関する目標設定などでドイツは高い目標を設定しますが、ゴール達成までの計画は後から作ります。一方、日本は計画を作るまでに時間がかかるので脱炭素の目標設定も他国に遅れをとりましたが、勤勉な国ということもあり、菅首相のカーボンニュートラル宣言以降は何とかして前に進もうとしている状況だと思います。
現在行っている研究では、博士課程のテーマから少し発展してエネルギー倫理を中心に研究しています。対話オフィスの江守さんが代表を務める「脱炭素化技術ELSI(※注1)プロジェクト」に参加しているのですが、プロジェクトの募集を見たときに、これはぜひやりたいと思いました。エネルギー、環境や政治、社会学など、これまでやってきたテーマと関係がある上に、自分にとっては新しいテーマに思えたんです。
※注1 ELSIとは:倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues)の頭文字をとったもので、エルシーと読まれる。脱炭素技術に限らず新たな技術の導入が急速に進む場面では、その技術がもたらす倫理的・法制度的・社会的課題を多面的に検討することが重要となる。
幼少期に芽生えた日本への興味。広島の原爆はエネルギー問題に関する問題意識にも
宮﨑 少し遡りますが、はじめに興味があったのは民主主義と市民社会だったと伺いました。そうしたテーマに関心をもつきっかけはありましたか?
マヌエラ 明確なきっかけというのはないのですが、もともと政治のやり方や政党の背景、ガバナンスに興味がありました。
ドイツの学校では政治に関する教育があり、高校ではヨーロッパの制度を勉強したのですが、そのときに政治制度が民主主義社会にとって大事だと理解し、それを守らないといけないと思いました。
当時からドイツには様々な市民運動がありましたが、どういう人が何をやっていて、なぜ運動をするのかが私にはわかりませんでした。傍から運動を見ただけでは応援できなかったので、政治的な背景を理解したかったというのもあります。
宮﨑 海外と比較すると日本の民主主義は形骸化しているというか、本質的に機能していない側面があると思いますが、社会政治学の中でも特に日本をフィールドにしたのはなぜなのか気になりました。
マヌエラ なぜ日本を選んだかは私も覚えてないです(笑)。父によると、3歳のときに日本に行きたいと言ってたそうです。だけど記憶はありません(笑)。
子どもの頃は言語や各国のコミュニケーションに興味があり、10歳くらいで漢字などの勉強を始めました。そこから発展して、民主主義や市民運動にいきついた感じです。
人間のコミュニケーションを理解したかったので、国の政策を決める人は誰か、どのような言語でやりとりしているのか、という観点が気になっていました。
宮﨑 3歳で日本に行きたいと言うのはすごいですね(笑)。
マヌエラ 日本について初めて詳しく勉強したのは12歳のときでした。日本への関心をさらにかき立てられたのは、物理学の宿題で広島の原子爆弾について学んだときです。
当時、通っていた学校では物理学の宿題のテーマを自分で決めていたのですが、ある本で広島の原爆投下後の写真を見ました。その写真を見て衝撃を受け、広島と長崎の原爆をテーマに宿題を書き上げました。原子力を知ったのはこのときが初めてでした。
また、車で家族旅行などをするとドイツでは風力発電所をよく見かけたので、子どもの頃から再生可能エネルギー技術にも関心がありました。そのため日本について勉強する中で、日本はなぜ再エネ100%でないのかがわかりませんでした。海に囲まれていて風や太陽も強いし、火山や温泉など土の下にあるエネルギーも豊富なのに、なぜ原子力や化石燃料を使っているのか疑問でした。
宮﨑 広島の原爆の写真を見て宿題のテーマに取り上げたというのは、どういった感情だったのでしょうか?
マヌエラ 当時は物理学というテーマから原爆を見たので、爆弾の物理学というか、原子力が人間の身体にどう影響するのかという点を知り、衝撃を覚えました。
当時の戦況や、アメリカがなぜ原爆を投下したのかなど、政治的な背景は知りませんでした。
宮﨑 なるほど。ちなみにマヌエラさんが幼い頃は、ドイツの電源構成における再エネの割合はどのくらいでしたか?
マヌエラ ドイツで最初に再エネを応援する法律ができたのは1990年で、当時の割合はまだ低かったと思います。家族で旅行した30年前の再エネの割合は3.6%でしたが、2023年は52.6%まで増えています。
ドイツは歴史的に風力発電が進んでいましたが、太陽光パネルは全然ありませんでした。1986年のチェルノブイリ原発事故の後、原子力以外のエネルギー資源を探す過程で再エネの発展が進み、太陽光発電も少しずつ増えてきました。
ドイツ国内の風力発電所にて
宮﨑 日本で東日本大震災が起きたとき、当時のメルケル首相が原発全廃を掲げましたよね。
マヌエラ はい。原発を廃止する時期は2022年12月の予定でしたが、ウクライナ侵攻で2023年4月まで延期されていました。4月以降は完全に稼働停止しましたが、日本では今後また原発が再稼働するらしいですね。
宮﨑 はい。その点は私も懸念しています。マヌエラさんは日本のエネルギー政策に対して思うことはありますか?
マヌエラ 私は原子力はいらないと思います。ただ、エネルギーの安定供給は非常に大事なテーマなので、原子力を使わないと安定的な供給ができないという意見も理解できます。
エネルギー倫理を考えると、原子力は非常に問題があります。廃棄物は数千年にわたって将来に影響を与えますし、廃棄物を再利用できる技術もまだ発展していません。
一方で、太陽光はパネル廃棄の問題など倫理的な問題はありますが、政治的にも人権的にも解決できるものです。でも原発の再稼働では倫理的に解決しなければならない問題がまだ多いので、勇気をもって新しい政策に移行してほしいと思います。
アイスランドでは電源構成に占める再生可能エネルギーの割合が100%で、7割が水力、3割が地熱発電によるものです。日本も火山が多いので不可能ではないと思いますが、地熱発電はあまり使われていないですね。
宮﨑 マヌエラさんのエネルギー倫理に関する記事(※注2)では、「日本のように技術経済的モデルを適用している国で、未来のエネルギーに関する政策決定の際に、社会的な公正や倫理の懸念を考慮した政策評価が十分に反映されていない」と書かれており、日本で議論されるべき重要な論点だと感じました。
※注2 エネルギー倫理に関する記事「日本のエネルギー政策は見直しが必要 -エネルギー政策枠組みの分析から倫理的・社会的視点の不十分さを指摘-」はこちら
気候危機が進む中、研究者の役割を考えることも。でも諦めるわけにはいかない
宮﨑 ちなみに、11月30日から12月13日の期間でCOP28がドバイで始まりますが(取材は2023年11月28日実施)、どう見ていますか?
マヌエラ このままいけば1.5度目標はおそらく達成できないでしょうし、2度目標も達成できるか心もとない状況と考えています。
今回のCOPは、歴史的な結果は出ないと思います。パリ協定の結果を改めて定めることはあるかもしれませんが、それ以上の結果は望めなさそうです。こうした現状を見ていると、自分たちがやっている活動に意味があるのか、時々もう諦めるしかないと思うことがあります。
先述の通り、ドイツでは原発が稼働停止しましたが、一方で2023年9月には気候保護法が緩和され、憲法裁判所が何億ほどにもなる気候変動対策の基金をとめてしまいました。日本の気候政策だけでなく、今後のドイツの行方も個人的には心配です。
ただ、毎年COPを開催することは大事だと思います。アクターネットワーク分析の研究を行ったことで、COPでの利害調整の大変さを理解できるようになりました。国際会議での交渉プロセスは非常に重要なので、毎年開催することの必要性を感じています。
宮﨑 諦めるしかない、ということは私も時々思います。日本でも頑張っている若者はいますが、彼らの間でも「1.5度目標は死んだ」という話が出ていたりします。
ドイツの気候保護法は若者が声をあげて改正されたと聞きましたが(※注3)、日本だと法律にまで影響を及ぼすアクターは少なく、頑張って声をあげている若者すら悲観的になってしまう現状もあります。昨今、話題になる「気候不安」についてはどう思いますか?
※注3 記事「ドイツの気候保護法についての憲法裁判所の判断から2年」はこちら
マヌエラ 私も不安を感じています。3年前、兄と弟の家族に子どもが生まれましたが、20~30年後の世界を考えるとどうなっているのだろうと思います。大勢の人が気候変動による影響で亡くなる可能性がありますし、環境難民はますます増加すると思います。戦争もさらにおこるかもしれない。
私に何ができるのかを考えざるを得ない状況ですが、勉強して研究して論文を書いて、その論文にどんな影響があるのかわからなくなるときがあります。もっと影響が見える活動をしたいと思いますが、知見を提供する研究も大事なので、一般の人に科学的知見をわかりやすく伝える役割を担う対話オフィスは重要なポジションだと思います。
宮﨑 ありがとうございます。
マヌエラ 不安はありますが、私のように今後も生き続ける世代は諦めるわけにもいかないと思っています。
宮﨑 私はFFFの活動からスタートして、デモや署名集めなどを行ってきましたが、社会を変えようとしてもなかなか変わらない現状に直面しました。そのためマヌエラさんとは対照的に、研究者のような専門家になることの方が今は発言力があるのではないかと思うようになりました。
一方で、最近はCOPでも会議場の外で声をあげる活動家や市民が注目されているので、専門家に限らず色々なアクターが重要だと感じます。
マヌエラ そうですね。研究者としては中立な立場で成果を論文として公表することが主な役目ですが、欧米の研究者は論文以外のところでは、社会のあるべき姿について意見を言い始めています。
日本でそうした動きはまだ少ないですけど、研究者が積極的に意見を出すことは社会の発展につながると思います。研究で得られたエビデンスをもとに、どうすればいいかはっきり主張することは大切なことなので、私も苦手な方ですがこれからはやっていきたいですね。
日本は社会からの圧力が強く、ジェンダー問題がなかなか解決できない風潮を感じる
宮﨑 ちなみに、マヌエラさんはアクティビズムをやっていたことはありますか?また、FFFについてはどう思いますか?
マヌエラ 残念ながらありません。若い頃は運動の基本的なスタンスがわからなかったので、応援できませんでした。今は勉強して判断できるようになりましたが、ドイツでは右翼政党の運動もあるので、政治的な背景がわからず参加することを躊躇っていました。
FFFは若い人たちが声をあげる運動として大事だと思います。ドイツでは科学者による環境イニシアチブ、Scientists for futureもできましたが、FFFとも連携していましたね。
民主主義社会において、市民運動ができることは一つの権利だと思います。世界中でその権利が保障されているわけではないので、ドイツや日本にある市民運動は大事だと思います。
宮﨑 声をあげる権利が守られていることは、たしかに大事なことですね。ところで、気候変動の文脈ではフェミニズムやジェンダーの問題も関わってくると思いますが、こうした分野に関心はありますか?
マヌエラ 専門分野ではないですが、非常に関心があります。日本で女性として暮らしていると、少し失礼な質問をされることが多いです。
「日本に来たのは結婚したからですか?」とか、「結婚しないんですか?」「旦那さんは日本人ですか?」とか。欧米ではこうした質問はされません。結婚していないこと、日本に来たことなどは自ら決断したことだと言っています。
日本では女性は仕事ができないとか、自分の力で何もできないと思われている側面を感じます。
宮﨑 日本には女性の政治家が少ないこともあり、意思決定の場に女性がいないことは問題だと感じます。企業にも男性のトップが多かったり。こうした現状を変えたいと思った同世代が、「FIFTYS PROJECT」という名称で女性の候補者を増やす取り組みを始めていました。
マヌエラ 育児の女性への負担も大きいですよね。男性が責任をとろうとしないことを社会が容認していたり、子どもを育てるのは女性の役割だとされているところがあるので、日本の女性が子どもを産みたくないと考える風潮が生じてしまうのだと感じます。そうした社会からの圧力が非常に強いので、ジェンダー問題がなかなか解決できないのかなと。
私は自分の荷物は自分で持ちますし、筋肉もある方だと思うので、女性が弱いとか知識が少ないという見方をされることに疑問があります。ドイツにもジェンダー格差はありますが、日本ほどではないと感じます。
宮﨑 研究者の世界でも、女性は少数ですよね。
マヌエラ 少ないですね。ELSIプロジェクトでも12人中、私を含めて女性は3人です。日本人の女性研究者は特に少ないですね。ELSIプロジェクトメンバーは国会の議事録を分析していましたが、倫理のテーマについて発言したのは女性だけでした。
宮﨑 ELSIでは国会の議事録の分析までしているんですね!
マヌエラ 今、論文にしているので来年には出されると思います。
宮﨑 そうなんですね。ぜひ読ませていただきたいです。本日はエネルギー倫理からジェンダーまで、幅広いお話をありがとうございました!(終)
<対談を終えて>
マヌエラさんといえばエネルギー倫理を研究する方だと思い込んでいたので、日本の言語や社会政治などに関心をもち今につながっているということが驚きでした。
第6回でインタビューをしたKariさんと同じく、気候危機に対する強い懸念を持ちながら、自分は研究者として問題に貢献したいという矜持が伝わってきました。
「諦めるしかないのか、でもそれもできない」というインタビュー中の一言は、気候危機に取り組むあらゆる人の気持ちが凝縮されているようで、感慨深く。。ジェンダーに対する問題意識も確立されていて、日本を相対化する視点をもつことができました。マヌエラさん、ありがとうございました!
[掲載日:2024年1月23日]
取材協力:国立環境研究所 地球システム領域 HARTWIG Manuela Gertrud(ハルトヴィッヒ・マヌエラ・ゲルトルト)特別研究員
取材、構成、文:宮﨑紗矢香(対話オフィス)
参考資料
●地球システム領域「日本のエネルギー政策は見直しが必要-エネルギー政策枠組みの分析から倫理的・社会的視点の不十分さを指摘-」
https://www.cger.nies.go.jp/cgernews/202305/390002.html
●社会システム領域「ドイツの気候保護法についての憲法裁判所の判断から2年」
https://www.nies.go.jp/social/navi/colum/bg06.html
【連載】ミヤザキが行く!研究者に“突撃”インタビュー
●Vol.02:田崎智宏さん(資源循環・廃棄物管理の専門家)
●Vol.06:番外編①「IPCC」を考察するセミナー報告記事
●Vol.06:番外編②Kari De Pryckさん(科学技術社会論の専門家)