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【連載】ミヤザキが行く!研究者に“突撃”インタビュー番外編②
-教えてKariさん!私たちは気候危機をどう受け止めたらいい?研究者として問題に向き合う意義を伺います


 連載「ミヤザキが行く!研究者に“突撃”インタビュー」。インタビュアーは“ミヤザキ”こと、宮﨑紗矢香です。

 今回は、番外編①セミナー報告記事の登壇者のひとり、Kari De Pryck(カリ・デ・プリーク)さんへインタビューを行いました!

※【番外編①】Kari De Pryckさんが登壇したセミナー報告記事はこちら→


Vol.06:Kari De Pryckさん(科学技術社会論の専門家)


カリさんと筆者が向かい合って映った写真

第6回番外編のゲスト、Kariさん(右)と筆者。研究所にて。

 Kariさんは、国際関係論と科学技術社会論を横断しながら、IPCCにおける専門家(科学者)と外交官(政策決定者)の交渉プロセスについて研究しています。

 インタビューでは、IPCCの報告書が伝える気候変動の切迫感と、世間との受け止めとのギャップから感じるジレンマを率直にぶつけています。世代が近い女性研究者ということもあり、個人的にとても親しみをもってお話することができました。

 記事の最後には、筆者が今セミナーで海外有識者のお話を聞きながら感じたことを、率直に記したまとめも掲載しています。

 ぜひ最後までご一読いただけると嬉しいです。

インタビュアー:宮﨑紗矢香

対話オフィス所属、コミュニケーター。大学時代、環境活動家グレタ・トゥーンベリさんのスピーチに心を動かされ、気候変動対策を求めるムーブメント、Fridays For Future(未来のための金曜日/以下、FFF)で活動。


私たちは10年後にどうなるかわからない世界を生きている


宮﨑 IPCC第6次統合報告書の「近未来の行動と選択が数千年にわたって影響を及ぼす」というメッセージをはじめて見たとき、私はとても危機感をもちました。

 国連のグテーレス事務総長は「自然に対して人類は戦争を仕掛けている」と危機感をあらわにし、報告書執筆者の江守さんは「感じ方や不確実性もあるが、これが本当に人類の文明の存続に関わるものだったとき、人々が全く気付かずにそういう事態を迎えているというのは、皮肉なことだと思う」と発言していますが、世界と日本の受け止めには大きなギャップがあると感じています。

 気候不安に関する調査(※注1)によると、日本では、気候変動を深刻に受け止めていないZ世代の割合が11カ国中最も高く、また、自分と人類の未来について、11カ国の中で最も楽観的であるとのデータがあります。

 この事実をどう受け止め、行動すればよいのでしょうか?

※注1 電通総研「気候不安に関する意識調査(国際比較版)」(外部リンク)

Kari まず、あなたの危機感と不安に賛同します。私もはじめて気候変動に関心をもったとき、とても心配になりました。若者の気候不安も深刻ですよね。

 それを踏まえた上で二点言及させてもらうと、一つは、科学者が言っていることと政治がどのように機能するかの間には、断絶があるということです。

 科学は、現代社会の中で一つの重要な要素ですが、私が感じている問題は、政治でなにか重要な判断をするとき、ヨーロッパ、アメリカ、中国、日本などのどの国の政治家も短期的な視点に囚われていることです。

 彼らは直近の経済成長やパンデミックの対応に多くの時間を割いています。気候危機がそこまで人々の優先的な関心事にならない理由は、戦争やインフレーションなど他の問題に目を奪われてしまうこととも関係していると思います。

 私たちがこの矛盾についてしっかりと声を上げない限り、気候変動の解決は難しいと感じています。

 また、世代間のギャップも大きいです。IPCCに関わる科学者や政治家を眺めると、もうすぐリタイアするような年齢の人ばかりで、彼らには若い世代の将来にどんなことが起きるのかを想像するのが難しいのでしょう。

 彼らが若いときには、第二次世界大戦や経済危機があったかもしれません。しかし、今の状況とは異なります。私たちは10年後にどうなるかわからない世界を生きているんです。

 もう一つは、若者たちによる行動です。

 私は、グレタさんが始めたムーブメント「Fridays For Future」(以下、FFF)に大きなリスペクトを抱いています。

 若い世代の役割として、彼らの人生における物語を伝えること、政治的な行動を起こすこと、世代間正義の問題をはっきり示したことなどは、人びとの行動を促していくという意味で大きな成功だと言えます。

 IPCCの科学的な証拠に基づき、若い人が平等を求めて行動した運動の成功例をこれまで聞いたことがありません。若者のムーブメントには、科学者や政治家が平等や正義についてもっと真剣に考えるようにさせる力があることを学びました。

 できることはたくさんあります。ビーガンになること、車や飛行機の使用を控えること、政治家に働きかけることなど。

 もちろん、こうした政策が採用されるかは政治家の判断によるところが大きいですが、若者のみなさんは十分に誇っていいほどの成果をすでにあげていると思います。

宮﨑 なるほど。ありがとうございます。とても刺激を受けました。もう一つ質問なのですが、KariさんはなぜIPCCの研究を始められたのでしょうか?

Kari 2007年に私が大学院の修士課程に進んだとき、すでに気候変動に関する議論はたくさんありました。

 どの話を聞いても危機感を感じ、長い間、気候不安と闘ってきました。気候変動に対して何かしたいと思っていましたが、私自身の居場所は必ずしも社会運動ではないと感じていました。

 私は自分に自信がなくシャイだったので、アドボカシー活動(政治や経済、社会などの制度へ影響を与えるための、個人やグループによる活動・運動)をすることにためらいを感じていたんです。

 この問題に取り組むための私なりの方法は、アカデミックな活動をすることだと思い、気候懐疑論者など科学に否定的な態度を取る人たちについての研究を始めました。

 そして、その頃から興味を持っていたIPCCについての関心が徐々に強くなり、IPCCという組織はどのように機能し、組織内部ではどのように交渉が進み、なぜIPCCの科学が否定されるのかといったことを理解するための研究をするようになっていきました。

 ですから、私の全ての仕事は、気候危機への切実な懸念から始まっています。

カリさんの写真

研究をはじめたきっかけ、気候変動問題への思いを語るKariさん

宮﨑 FFFのグループの中でも、表に立って発言をする人もいれば、裏で戦略を考えたりして支えている人がいたので、それぞれが得意な分野で行動するのがよいと感じます。

 また、私も同じくアカデミックな場に関心をもっていて、どこかのタイミングで大学院に行こうと考えています。

Kari いいですね。個人の関心にもよりますが、街頭でのマーチやスタンディングをやることも、政策提言を行うことも、学問の道を究めることも必要です。

 私は研究者として、パブリックな場ではできるだけアクティブに振る舞おうと努めています。私たちが研究や議論をするとき、気候変動はもはや単なる科学や環境の話ではなく、正義や平等、倫理など文化的、政治的な側面から考えなければいけない問題であると思っています。

宮﨑 非常に共感します。あらゆる分野にまたがる課題であるがゆえに、解決への道も一筋縄ではいかない難しさがありますが、精力的に問題を追っていきたいと思います。

 本日はありがとうございました。


【番外編①のセミナーに参加して】科学に依りつつ、科学に囚われない議論を


 今回、セミナーでお二人の講演を聞き私が一番感じたのは、世間で認識されているIPCCの評価と、社会科学の専門家から見た問題点とのギャップでした。

 Kariさんは所内セミナーの講演冒頭で、「IPCCの権威ある地位と役割」について強調されていました。そのなかで、IPCCへの評価については、活動家や政治家などの主体によって肯定的にも否定的にも見解が異なると話されていました。

 日本では気候懐疑論者を除いて、活動家や環境NGOなどのIPCCに対する認識は肯定的であることが多いように思われるため、個人的にこの点は驚きでした。

 自らの経験を振り返っても、脱炭素に逆行するような企業や銀行に対して、または石炭火力発電所の新設などに反対する声明を出す場面などでは、必ずと言っていいほどIPCCが参照されています。

 日本ではIPCCについては国際的な信頼がある、科学的な助言をする機関という印象が強く、そこから踏み込んでIPCCの組織のあり方にまで声をあげる団体や活動家は、筆者が知る限りでは見受けられないように思います。

 IPCCは「無視できない重要な機関」という認識が強いがゆえに、その内実を探る視点は日本では少ないのかもしれません。

 「ブラックボックス」「大海に浮かぶ船」「スイスアーミーナイフ」の3つの比喩では、IPCCの限界ともいうべき点が指摘されており、「ブラックボックス」を開いてみると、必ずしも信頼できる側面だけでなく、ある種の危うさも秘めていることが伺えます。

 たとえば、講演においてIPCCの報告書では、先住民コミュニティの知識が蔑ろにされていると指摘されていましたが、先住民をめぐっては環境活動家グレタさんもさまざまな場面で行動を共にし、声をあげていることがメディアでも報じられています。

 今年2月、グレタさんは北欧の先住民サーミ(Sami)人の活動家とともに、ノルウェー最高裁が操業許可を無効としたにもかかわらず稼働を続けている風力発電所に抗議し、同国石油・エネルギー省の前を封鎖したことで話題になりました。(※注2)

※注2 AFP BBNews「グレタさん、北欧先住民と「違法な」風力発電所に抗議」(外部リンク)


 ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアの北部に合わせて約10万人が暮らしているとされるサーミ人は、伝統的にトナカイの放牧と漁業で生活する部族といわれています。

 しかし、問題となっている発電所はサーミ人のトナカイの放牧権を侵害しているとして、活動家は発電施設の取り壊しを要求していました。グレタさんは「脱炭素社会への移行を植民地主義の隠れみのにさせてはいけない」と、現地テレビに語っています。

 この報道を目にしたとき、筆者は昨年夏に訪問した英国の大学院大学での授業を想起しました。1970年代に”スモール・イズ・ビューティフル”を提唱した環境経済学者、E.F.シューマッハーの名前と思想を受け継いで生まれた「シューマッハー・カレッジ」です。

 筆者が参加したのは教育学と経済学に関する講義でしたが、その中で先住民のエピソードを聞く場面がありました。題材にされていたのは、インド人作家アミダヴ・ゴーシュによる『ナツメグの呪い』というノンフィクション作品(※注3)です。

※注3 CHICAGO The University of Chicago Press「The Nutmeg’s Curse -Parables for a Planet in Crisis」(英語/外部リンク)


 ナツメグはスパイスの一部ですが、その歴史は人間の生活と自然環境の両方における征服と搾取の上に成り立っているそうです。

 その昔、唯一ナツメグが自生する島と言われていたインド洋のバンダ諸島では、ナツメグを文化的アイデンティティ、スピリチュアリティに根差したものとして守る島民たちがいました。

 しかし、オランダとイギリスの東インド会社がナツメグを巡って競争を始めると、オランダは島民を大虐殺し、生き延びた先住民は奴隷になるか、森に隠れることを余儀なくされました。その瞬間から、ナツメグの唯一の価値は市場でどれだけ交換できるかに変わってしまったといいます。

 講義の中で教授は、この逸話の背景には、現代社会で競い合う2つの世界観があると指摘していました。

 ひとつは、消費社会で一般的な「命のないものを商品にするという世界観」で、もうひとつは、「コミュニティの中に全ての命が含まれているという世界観」です。

 受講者の私たちに投げかけられたのは、どうしたら後者の「命のコミュニティに戻れるだろうか?」という問いでした。

 教授は、先住民の伝統的な営みにヒントがあるといい、彼らが住む場所ではあまり絶滅が起きていないこと、何千年も身の回りの環境を破壊せずに地球と共生してきた実績があることから、私たちは先住民の生き方に学ぶことができるのだと述べていました。

 『ナツメグの呪い』は、気候変動をめぐる国際的な力関係が、西洋の植民地主義によって構築されてきた数世紀前の地政学的な秩序に根ざしていることを物語っています。

 「大海に浮かぶ船」と喩えられるIPCCもまた、西洋を中心とした研究者から構成され、科学的立場から気候変動の影響や解決策を志向する機関であるにも関わらず、先住民やその他の声を蔑ろにしているというのはとても皮肉な状況のように思えました。


 年々、気候変動の被害が増大し、解決への瀬戸際に立たされていると言っても過言ではない現在。科学的な助言をする国際機関の成功例として知られるIPCCを議論することは、私たち人類が向かっていく社会そのものに一石を投じる機会のようにも感じられました。

 世界は科学に耳を傾けられるかという問いについて、気候変動に対する社会を風刺する映画『Don’t look up』で、主役の天文学者を演じるレオナルド・ディカプリオは、「エンディングは、未来の姿を僕らに突きつけている。徐々に取り返しのつかない状態になり、10年も経てばもう後戻りができない」と指摘しています。

 映画のような取り返しのつかない状態を避けるために、現在を生きる私たちにできることは、何よりもまずIPCCが発するコアなメッセージを正しく受け取ることだと感じます。

 IPCC第6次統合報告書でいえば、「この10年間の選択と行動は数千年にわたり影響する」という部分ではないでしょうか。問題のマグニチュードを知るだけで、行動の中身が変わってくるはずです。

 一方で、問題の全容を知るだけでなく、批判的な視座をもって社会を捉える姿勢も必要なのかもしれません。IPCCの制度改革が唱えられているように、どんな権威のある組織も時代と共にそのあり方に変革が迫られます。

 対象が変わっていく限り、その方法論も変わらざるを得ない。その意味で、具体的な意思決定に関する議論の場に市民自らが参画していくことも、これからの時代に重要なプロセスだと考えます。

 分断や対立が深まる昨今ですが、微力でも決して無力ではないと信じて、行動していきたいですね。最後までお読みいただき、ありがとうございました。(終)

※【番外編①】Kari De Pryckさんが登壇したセミナー報告記事はこちら→


[掲載日:2023年8月9日]
取材、構成、文:宮﨑紗矢香(対話オフィス)

参考関連リンク

●電通総研「気候不安に関する意識調査(国際比較版)」(外部リンク)
https://institute.dentsu.com/articles/2823/

●AFP BBNews「グレタさん、北欧先住民と「違法な」風力発電所に抗議」(外部リンク)
https://www.afpbb.com/articles/-/3453446

●CHICAGO The University of Chicago Press「The Nutmeg’s Curse -Parables for a Planet in Crisis」(英語/外部リンク)
https://press.uchicago.edu/ucp/books/book/chicago/N/bo125517349.html

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