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【連載】ミヤザキが行く!研究者に“突撃”インタビュー番外編①
-気候変動に関する政府間パネルIPCCを徹底考察!セミナー報告記事


 連載「ミヤザキが行く!研究者に“突撃”インタビュー」。インタビュアーは“ミヤザキ”こと、宮﨑紗矢香です。

 今回は番外編として、気候変動に関する政府間パネル「IPCC」に関するセミナーの報告記事と、登壇者の一人にお話を聞いたインタビュー記事をお届けします!

※【番外編②】有識者の一人Kari De Pryckさんへのインタビューと、後日談はこちら→


「IPCC」を考察するセミナーを開催


国立環境研究所で実施した所内セミナーの会場写真

国立環境研究所で実施した所内セミナーの様子

 2023年3月に公表された 「気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change, IPCC)」の第6次評価報告書(AR6)の統合評価報告書(SYR)。

 各作業部会(WG)の報告書は社会からの大きな関心を集め、その影響力の大きさを示しました。今夏には新しいIPCC議長団の選出に続いて、第7次評価報告書(AR7)サイクルが始まろうとしています。

 今でこそよく知られるようになった「IPCC」ですが、そもそもどういう組織で、これまでにどのような歴史的変遷を辿ってきたのでしょうか?

 今年4月、国立環境研究所(以下、国環研)は東京大学未来ビジョン研究センターとの共催で、一般公開セミナー『IPCCの過去と未来:制度的な背景と将来への改革の展望』(4月14日)を開催し、同時期に当研究所では研究員に向けた所内セミナー(4月17日)を実施しました。

 海外から有識者をお招きし、これまでのIPCCの活動の成果と課題を振り返るとともに、IPCCの将来の方向性について幅広い議論を行いました。

 本記事では、両セミナーの講演内容とディスカッションの様子をご紹介します。


インタビュアー:宮﨑紗矢香

対話オフィス所属、コミュニケーター。大学時代、環境活動家グレタ・トゥーンベリさんのスピーチに心を動かされ、気候変動対策を求めるムーブメント、Fridays For Future(未来のための金曜日/以下、FFF)で活動。


【IPCCはどんな組織?】環境活動家グレタさんにより、一躍知られる存在に


 本題に入る前に、IPCCの概要について触れておきたいと思います。

「IPCC」とは?
Intergovernmental Panel on Climate Change(気候変動に関する政府間パネル)の略称で、 1988年に世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)により設立された組織。
現在、参加国は195か国で、事務局はスイス・ジュネーブ。各国の政府から推薦された科学者が参加し、地球温暖化に関する科学的・技術的・社会経済的な評価を行い、報告書にまとめている。

 筆者がIPCCの存在を初めて知ったのは、4年前、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんのスピーチを聞いたときのことです。

 「私の声ではなく、科学に耳を傾けてほしい」と話す彼女は、2018年にIPCCが公表した1.5℃特別報告書をベースに、世界が直面する危機をきわめて具体的に語っていました。

 気候変動分野においてIPCCの報告書は科学的に最も権威のある情報源とも言われ、「政策に関連するが、政策を規定しない(policy-relevant but not policy-prescriptive)」という“政策中立性”の原則の下、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の国際交渉やその他の政策決定の場に有用な科学的助言を提供することで、高い信頼と地位を獲得してきました。

 報告書は、気候変動対策を求めるムーブメント「Fridays For Future(未来のための金曜日)」をはじめ、より野心的な国家行動を求める活動家や環境NGOなど、様々なグループによって利用されています。

 しかし、気候変動の影響が深刻化し、早期の排出削減もなかなか進まない中、IPCCのミッション自体が問い直されつつあります。「従来の政策的中立性に基づいた科学的助言から、問題解決に焦点を当てた政策の方向性を示すべき」と訴える声も生まれています。

 本セミナーを企画した、当研究所の朝山慎一郎主任研究員は、IPCCを社会科学の視点から議論する意義について、「国際社会がパリ協定の目標達成に向けて大きく舵を切る中、IPCCが約5~7年のサイクルで旧態依然としたアプローチを継続することは、その政策的な有用性が問われることにもなりかねない。

 国際的に科学的な助言をする機関の成功例として、広く認知されているIPCCの制度改革を議論することは、科学と政策の新たな関係性を模索する絶好の機会である」と話します。

 科学的な助言をする機関としてIPCCの権威は確固たるものである一方、脱炭素への時間的猶予が迫るなかで、そのあり方自体が問われているといえそうです。

 ここからはセミナーの内容を中心に、IPCCという組織とその課題について詳しくひも解いていきたいと思います。


【IPCCの過去と未来】IPCCを研究する海外有識者2名の講演


 本セミナーでは、社会科学の立場から長年IPCCについて研究してきた海外有識者2名、Kari De Pryck(カリ・デ・プリーク)さんとMike Hulme(マイク・ヒューム)さんをお招きし、IPCCの歴史的な経緯や制度的な側面について講演していただきました。


①Kari De Pryckさんの講演

 Kariさんは、国際関係論と科学技術社会論を横断しながら、IPCCにおける専門家(科学者)と外交官(政策決定者)の交渉プロセスについて研究しています。

所内セミナーで講演するカリさんの写真

スイス・ジュネーブ大学環境科学研究所(ISE)講師を務めるKariさん

 また、MikeさんとともにIPCCについて初めて社会科学の視点から考察した学術書籍『気候変動に関する政府間パネルの批判的評価(A Critical Assessment of the Intergovernmental Panel on Climate Change)』(2022年12月、ケンブリッジ大学出版局)(※注1)を編集しており、本講演では書籍の内容を中心に話題提供がありました。

 所内セミナーでの講演内容から、その一部をご紹介します。

※注1 オンラインで全文を無料公開(英語/外部リンク)しています。


IPCCの権威ある地位と役割

 1990年にIPCCの第1次評価報告書が発表された後、社会科学者たちはIPCCがどのように機能し、その科学的な知識を生み出すのかについて関心を持っていました。

 セミナーの講演者であるKariさんもその一人です。

 編著書『気候変動に関する政府間パネルの批判的評価』は、IPCCという組織のガバナンスや報告書、関係する参加者、その政策的な影響力などを章ごとに整理して幅広い読者層に向けて紹介する貴重な一冊で、寄稿者の中には執筆者としてIPCCの活動に関わったり、あるいは長年にわたってIPCCを研究してきた人も含まれています。

 IPCCは30年以上にわたる活動を通じて、気候変動について発言する組織としてその知名度を高めてきました。

 2007年にはノーベル平和賞を米元副大統領アル・ゴア氏と共同受賞し、政府、活動家、企業、NGOなどが気候変動の科学について公の場で言及する際に参照する科学的な情報源としての特権的な地位を獲得するきっかけにもなりました。

 また、生物多様性損失、土地劣化など、1980年代以降に登場した地球環境に関する科学的な評価報告書の中でも、IPCCの報告書は最も社会的に影響力のあるものとみなされています。

 一方で、IPCCの報告書で言及される科学的な知識は、ときに誤解されたり、疑いの目を向けられたりすることがまだ多くあるのも事実です。

 「環境活動家の中には、IPCCはあまりにも慎重で保守的だと批判する人もいれば、権威があって信頼に足ると擁護する政治家もいます。

 国ごとにIPCCの捉え方について一致した見解はありませんが、国際的な気候変動の議論においてIPCCが重要であることは、ほとんどの世界の指導者が認めています。無視することができない重要な機関なのです。」

所内セミナーで講演するカリさんの写真

所内セミナーで講演をするKariさん


 続いてKariさんは、IPCCという組織の活動や成果、課題を理解する上でのポイントを、3つの比喩(メタファー)を使って表現していました。

 「ブラックボックス」「大海に浮かぶ船」「スイスアーミーナイフ」です。


1.活動:「ブラックボックス」
 IPCCを「ブラックボックス」に喩えて、その「ブラックボックス」を開けることで、IPCCという組織がどのように機能し、その科学的な権威は何に由来するのかを理解することができると、Kariさんは話します。

 IPCCは途上国の専門家、市民社会、先住民、人文社会系の研究者、女性など、多様なグループの人びとの参加を増やそうと努力していますが、依然として大きな課題を抱えています。

 気候変動の影響や解決策を考える上で、IPCCの報告書は数値モデリングによる定量分析に強く依存しており、このような自然科学優位な枠組みによって人文社会科学の知識や先住民の視点が蔑ろにされているとの批判があります。

 KariさんはIPCCの活動の中身がよくわからない状況をブラックボックスに喩えて、「IPCCにおける専門家とは誰なのか(どの国、どの分野、どの社会集団から来たのか)、どのようなプロセスを経てその結論を導き出したのかを理解することは、実際にIPCCの報告書に書かれていることを理解するのと同じくらい重要」だと強調します。


2.成果:「大海に浮かぶ船」
 二つ目は、「大海に浮かぶ船」の比喩です。IPCCの科学的な権威は、主にヨーロッパ、オーストラリア、北米地域の研究者らの大規模なネットワークによって支えられています。

 しかし、IPCCの報告書において技術的、社会的、政治的な実現性が不確かな解決策(例えば、植林や炭素回収・貯蔵を伴うバイオエネルギーなど)の役割が強調されることを懸念する声もあります。

 民主的な議論が不十分なまま特定の技術的な解決策を推進することで、IPCCが科学的な助言機関としての役割を逸脱していると批判的に見る目もあるようです。

 海に浮かぶ船という比喩は、IPCCを「船」に、IPCCを取り巻く社会的、政治的、文化的な文脈を「海」に喩えて、IPCCの活動がそうした文脈からどのような影響を受けるとともにそれらに影響を与えるのかに注意を促すものです。


3.課題:「スイスアーミーナイフ」
 最後の比喩は、「スイスアーミーナイフ」(複数の機能を備えた万能ナイフ)です。

 IPCCは、それ一つでたくさんの役割を果たすことができるスイスアーミーナイフのように、世界中のさまざまな人びとからの多種多様な希望や要望に応えることが期待されています。

 しかし、IPCCがそうした要望すべてに応えることは不可能で、実際には一部の科学や研究者コミュニティ、国を満足させる道具になっているとの指摘があります。

 Kariさんは「新しい利害関係者の参加を広げるためには、現在の評価報告書作成のプロセスを大幅に見直す必要があり、IPCCの組織内のパワーバランスを変えるような改革が必要になる」と主張します。

 「IPCCの評価プロセス審議で生じる対立は、大きな価値観の衝突を伴い、妥協点を探るのはますます難しくなっています。気候変動に対処するスピードについても国際的な合意に達することはいまだ困難な状況です。

 気候変動問題は、社会的な結束を促すと同時に社会的な分断を生じさせるものであり、合理的かつ技術的な管理によって解決できるものではないことを、IPCCは認識すべき時なのかもしれません」


②Mike Hulmeさんの講演

 二人目の講演者は、イギリス・ケンブリッジ大学地理学部で教授を務めるMike Hulmeさんです。

 気候の歴史や文化が交錯する中で、気候変動に関する知識がどのように作られ、利用されているかについて研究しています。

 過去にはIPCCに執筆者として関わった経験もあり、IPCCが2007年にノーベル平和賞を受賞した際には、IPCCの活動への重要な貢献に対して個人的な賞状を授与された人物でもあります。

オンラインで参加したマイクさんがスクリーンに映っている会場の写真

所内セミナーで講演するMikeさん。イギリスからオンラインで参加

 Mikeさんの講演内容については、東京大学で行われた一般公開セミナーからご紹介します。


IPCCはその有用性を失ったか?

 IPCCが設立された1988年当時から、政策課題としての気候変動の性質も大きく変化しています。

 問題の焦点が科学から政治へ、知識から価値観へと移っていく中で、IPCCには常に万能性が求められており、ある意味においてIPCCは自らの「成功の犠牲者」であると言うこともできます。

 この課題についてMikeさんは、IPCCは科学的な助言をする国際機関の「ゴールドスタンダード」として捉えられている一方で、先住民らの(科学的ではない)実践的な知識や、より人文学的な視点からの知識を組み込んでいく必要に迫られていると話します。

 また、単に科学的な評価報告書を作成するだけでなく、人々の価値観の対立や、将来の社会の政治的なビジョンの違いなどについてどう対応するのかも問われており、「IPCCの役割は一体何なのか、科学的な評価者なのか、それともシンクタンク、圧力団体なのでしょうか?

 IPCCが抱える問題は、約5~7年のサイクルで報告書をまとめるといった制度的な惰性です。今の体制のままで、IPCCは時代のニーズに応じた役割を果たせるのでしょうか?」という大きな問いを投げかけていました。

 また、各評価報告書のサイクルが終わる頃には、さまざまな方面からIPCCがどういう組織になるべきかについての改革案が出されます。

 それらの改革案は、組織改革の程度によって「現状維持」「中庸」「ラディカル」の3つに大別されますが、Mikeさんはその中でも非常に「ラディカル」な改革案を提示します。

 今のIPCCという単一の組織を解散し、活動内容に沿って3つの異なる組織へと再編するというもので、Mikeさんはこれを10年以上前に提案していましたが、その内容についてはいまだに理にかなっていると主張します。

-「グローバル・サイエンス・パネル」:現在の第一作業部会(WGI)に類似するものの、より短くかつ焦点を絞った報告を行うもの。

-「地域評価パネル」:より多様な専門性、知識、多様なステークホルダーが関わるもの

-「政策評価パネル」:従来の政策と急進的な政策、そしてその意味するところを探るもの


【IPCCの意義と課題は?】東京大学、国環研でディスカッション


 東京大学で開催した一般公開セミナー、そして当研究所の所内セミナーではそれぞれ、二人の講演後にパネルディスカッションを行いました。

 東京大学のパネルディスカッションでは、第6次評価報告書でIPCC議長団の GHGインベントリータスクフォース共同議長を務めた田辺清人さん(IGES)や第一作業部会(WGI)で主執筆者を務めた渡部雅浩さん(東京大学、オンライン参加)など日本国内のIPCC関係者に加えて、環境NGOの立場から長年IPCCの活動に関わってきた小西雅子さん(WWFジャパン・昭和女子大学)、科学技術政策を専門に研究する吉澤剛さん(東京大学)といった方を招いて、それぞれの立場からIPCCの意義と課題について意見交換をしました。

 司会進行は、セミナーの共同主催者で同じくIPCCの第三作業部会(WGIII)の主執筆者の杉山昌広さん(東京大学)が務めました。

東京大学のセミナー当日の会場の写真

4月14日に東京大学で行われたパネルディスカッションの様子


 当研究所の所内セミナーでは、IPCC報告書の執筆に参加した所内研究者を交えてディスカッションを行いました。

 報告書の執筆者が所属する組織ランキングにおいて、国環研は世界11位(※注2)に位置し、今後IPCCにどう関わるかという点は研究所にとっても重要なテーマの一つと言えます。

※注2 CarbonBrief「Analysis: How the diversity of IPCC authors has changed over three decades」(英語/外部リンク)


国立環境研究所のセミナー当日の写真

4月17日に所内で行われたディスカッションの様子。右から増井さん、肱岡さん

 登壇したのは、第6次評価報告書で各WG(※注3)に執筆者として関わった、江守正多上級主席研究員(WGI)、肱岡靖明センター長(WGII)、増井利彦領域長(WGIII)の三名の研究者です。

※注3 IPCCは最高決議機関である総会と、3つの作業部会及び温室効果ガス目録に関するタスクフォースから構成されている。詳細はこちら


 IPCCの活動に関わった経験のある三名の研究者からのコメントで共通していたのは、厳密かつ透明性のある査読プロセスがIPCCの科学的な信頼性を支えており、これを今後も維持していく必要がある一方で、1.5℃目標に向けたより喫緊の行動の必要性が迫られる中、IPCCの役割も変化しなければならないと捉えている点でした。

 第6次評価報告書では、新型コロナやウクライナ侵攻といった気候変動対策に大きな影響を及ぼす問題について触れられていないことを例に挙げ、刻々と変わる社会状況にIPCCが対応できていないことへのフラストレーションがあると語る研究者もいました。

 司会を務める朝山さんからは、人文学、社会科学の分野のための新たな作業部会として、“WG4”(第四作業部会)を立ち上げるという提案についての話がありました。

 大胆な発想だと思いました。海外では「未来委員会」や「将来世代のためのオンブズマン」など、将来世代を考慮した民主的な意思決定制度が議会に設置され始めています。

 旧態依然とした制度設計による限界が、新たな社会変革を後押しする突破口になっていくのは、むしろ前向きな変化なのかもしれない、と筆者は思いました。

 私たちは今、科学だけでは答えが出せない時代を生きています。そもそも「問題」をどう定義するか、「解決された状態」をどう定義するかさえ、様々な主体の間で考えが異なるでしょう。

 専門家すら答えをもっていない時代に、私たち一人ひとりの知性が問われているようにも思えました。(終)

※【番外編②】有識者の一人Kari De Pryckさんへのインタビューと、後日談はこちら→


[掲載日:2023年8月9日]
取材、構成、文:宮﨑紗矢香(対話オフィス)

参考関連リンク

●CAMBRIDGE UNIVERSITY PRESS「気候変動に関する政府間パネルの批判的評価(A Critical Assessment of the Intergovernmental Panel on Climate Change)」(英語/外部リンク)
https://www.cambridge.org/core/books/critical-assessment-of-the-intergovernmental-panel-on-climate-change/41595DD505026B0DAB58F975C03594E6

●CarbonBrief「Analysis: How the diversity of IPCC authors has changed over three decades」(英語/外部リンク)
https://www.carbonbrief.org/analysis-how-the-diversity-of-ipcc-authors-has-changed-over-three-decades/

●国立環境研究所「環境儀No.61」
https://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/61/column2.html

【連載】ミヤザキが行く!研究者に“突撃”インタビュー

Vol.01:江守正多さん(地球温暖化の専門家)

Vol.02:田崎智宏さん(資源循環・廃棄物管理の専門家)

Vol.03:森朋子さん(環境教育・廃棄物工学の専門家)

Vol.04:中村省吾さん(地域環境創生の専門家)

Vol.05:亀山康子さん(国際関係論の専門家)


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