2017年度所内セミナー報告
『ソーシャルメディア時代の科学と社会』(第2部)
はじめに
田中幹人さん(早稲田大学大学院 准教授)による第1部(※注)に続き、第2部 早稲田大学現代政治経済研究所の次席研究員、吉永大祐さんの講演に移ります。
※注 第1部は、下記リンクよりご覧になれます。
第1部「現代メディア空間における科学技術の議論」
田中幹人氏(早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース 准教授)
第2部「SNSと気候変動 Twitter日本語投稿のネットワーク分析から」
吉永大祐氏(同大大学現代政治研究所 次席研究員)
吉永さんには、あらかじめ、気候変動というテーマがSNS上でどのように議論されているのかの分析をお願いしました。ここでは、その分析結果も解説いただきます。
講演後、講師と参加者によるディスカッションも行い、その内容を採録しました。
講演の最後に行われたディスカッションの様子。
「SNSと気候変動~Twitter日本語投稿のネットワーク分析から」吉永大祐
プロフィール
専門はコミュニケーション論、科学技術論。ウェブテキストを対象とした計量テキスト分析、ネットワーク分析などに取り組む。
【講義のポイント】
日本のSNSで気候変動はどう議論されているか
・米国のパリ協定離脱で注目度が急上昇
・「保守」層が孤立
・しかし、温暖化支持と懐疑で「分断」とまでは言えない
SNSで変化する「科学」の姿
さて、今日の本題はツイッターやフェイスブックなどソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)上で気候変動がどう議論されているかということですが、その分析に入る前に、科学の世界、科学と社会の関係性も革命的な変化が起きつつある点を整理しておきます。
・科学者の情報発信の活発化
例えば学会。もともと科学者のためにあるもので、科学技術の共同体のなかで情報交換などをする場所だったが、最近では学会の様子を、ツイッターであげていく、どういう議論がされたのか、どういう報告がされたのかとか、科学者本人が活発な情報発信をしている。
かつては科学者のための閉じた空間であった学会が、いまや一般に対してオープンになってきているという点がある。
・科学者の評価に影響
そのなかで、科学者は、自分がどれくらい目立つかを気にせざるをえなくなっている。それは自らの研究費獲得の競争的な関係があるなかで、自らの存在感をあげていくということに積極的になってきている。
そして、ソーシャルメディア上での科学者の存在感というものが、実は科学者本人の評価に響いてくる、そういう時代にきている。
・公衆による科学への情報経路の複雑化
市民側も科学情報に触れる機会は増えた。これまでのように新聞、テレビからだけではなく、様々なルートから情報に触れることができる、という時代がきている。
かつては科学者のための閉じた空間であった学会が、いまや一般に対してオープンになってきているという点があります。
・公衆の科学技術に対する態度の可視化
そうしたいろいろな情報に触れたうえで、市民の意見、科学に対する態度が可視化する、つまりSNS上で共有され、公けにされることになる。
科学というと、科学ファンが自分はこういうものが好きだと態度を表明する、例えば天文学なら天文学の専門誌にファンの人たちがやってくるというようなパターンが多かったわけですが、今は決してそれだけではない、さまざまな反応が見えるようになってきました。
気候変動の議論についても、上記のような状況同様に、SNSが意見交換、情報交換の場所として重要になっていると指摘されています。
吉永大祐 次席研究員(早稲田大学現代政治経済研究所)。
リツイート機能に注目/強力な情報拡散システム
注目していただきたいのは、SNSはどのように利用されているのか、という点です。
ツイッターでは、投稿(ツイート)をしても、受け取るのはフォロワーだけですが、リツイートという機能を使うと、リツイートした人のフォロワーに情報が伝わり、情報がどんどん拡散していきます。
情報を拡散させることで、そのツイートへの賛意を他人に示すことにもなります。キーを一回押すだけで、議論への参加ができることになります。
沢山の人にフォローされている人をインフルエンサーと呼びますが、インフルエンサーは、どんどん情報を取り入れていき、その情報を紹介(リツイート)することで、フォロワーに伝えていきます。
フォロワーはその情報をさらにリツイートすることで、同じ考え、傾向を持つ大きなかたまりクラスタ(集団)、同類性の高い集団を作り出すことになります。
気候変動の議論でも「分極化」は起こっているのか
このように同類性の高い集団を作り出すという点から、よく指摘されるのが「分極化」という現象です。さまざまな意見が存在するが、ある意見を持つ集団はほかの意見を持つ集団への寛容さがなくなり、双方が非難し合うばかりで議論できる機会が失われているという指摘です。
気候変動についての意見も、基本的には左派の人たちが気候変動を支持し、右派の人たちは懐疑的である、という傾向があると言われています。
米国は気候変動に対する懐疑主義運動は非常に組織的に行われていて、大きな分断を生んでいます。
一方で欧州はそれほど組織だった懐疑主義運動は起きていないと言われていますが、意見の分極化の傾向・現象は見られています。
ですので、同じく懐疑主義が目立たない日本でも、気候変動に関して人々の意見や態度が分断されている可能性が考えられます。
「分極化」論は正しいのか、異なるシナリオも
ただ、SNSが人々の議論、世論の形成に対してどのような効果をもたらすのかについては、2つのシナリオが指摘されています。
右側の「エコーチェンバー・シナリオ」は、先に述べたような「分極化」をもたらすとされるもので、同類の人たちとのみ共鳴(エコー)してしまい、ほかの意見への寛容さがなくなるという説です。
もうひとつは、「公共圏シナリオ」と呼ばれます。SNSにおいては、自由に議論でき、多様な意見に接することで、異なる意見にふれる。その結果として分極化を防ぐというものです。
さて、ここまでは、SNSの登場で科学と社会の関係がどのように変化したのかについて、見てきました。
これらを踏まえたうえで、本日の主題である「日本のSNSにおける気候変動の議論」についての分析結果の説明に入りたいと思います。
我々の分析では、次のポイントに注目しました。
①気候変動についてどの程度語られているのか?
②気候変動についての意見集団が形成されているか?
③気候変動に対する意見の分極化が見られるのか?
これらの点を、リツイート関係を描いたネットワーク分析から明らかにしたいと思います。
まず、何を分析したのか。調査対象について説明します。
2017年6月からの約5ケ月間、ツイッターを対象に約17万のアカウント(ユーザー=利用者の使用するアドレス。利用者17万人に該当)から、約32万ツイート(投稿)を取得しました。検索語は「気候変動 or 温暖化 or パリ協定」でした。
ツイート発信は、かなり大きなピークが6月初旬、「米国のパリ協定離脱」のニュースの時です。約8万ツイートでした。
平常時は1万足らずですが、7月末にピークがあります。約4万ツイート。このときに、ユーザーの間で、「サプライズ内閣発表」というタイトルで、「大臣を勝手に選んでみよう」という趣旨のイベントがあり、そこに書きこまれた「温暖化対策大臣 松岡修造」の文言への反応が突出しました。
タレントの松岡修造さんはテレビ出演などを通して、「熱い男」のイメージがあり、その人物が「温暖化対策の大臣」というジョークに対して、多くの人が反応したと理解できます。
このことは、気候変動言説が、政治・社会的事象とは独立した文化的コンテクストでも消費(受け止め)されていると言えます。
次に調査対象アカウントがどのような性格、傾向があるかを分析しました。ここでリツイート機能に注目した分析をしました。分析は2段階です。
まず、リツイートされる回数が多いアカウント、つまりインフルエンサーを絞りこみ、分析したところ、いくつかのクラスタ(集団)に分類することができました。「反原発」「ニュースメディア(公式アカウント)」、「有識者(研究者やNGO)」、そして「保守」のクラスタです。
次に、インフルエンサーのクラスタ「反原発」「ニュース」「有識者」「保守」に応じて、それぞれをリツイートした人たちのクラスタを、同様に「反原発」「ニュース」「有識者」「保守」としました。
先に、今回の調査目的のひとつに、②気候変動についての意見集団が形成されているか?を上げましたが、これで、「反原発」「ニュース」「有識者」「保守」の集団が形成されていることがわかります。
「保守」集団が孤立、しかし、「分断」までは言い切れない
そして、いまひとつの調査目的である、③気候変動に対する意見の分極化が見られるのか?に取り組んでみましょう。
「反原発」「ニュース」「有識者」「保守」それぞれのクラスタに所属する人が、ほかのクラスタのインフルエンサーをどのくらいリツイートしているかを分析しました。
例えば「反原発」クラスタの人が、「反原発」「ニュース」「有識者」「保守」の4カテゴリーのインフルエンサーに対して実施するリツイート全体のうち、どのカテゴリーが何割を占めていたかを調べました。ほかのクラスタにどれほど関心を示しているかという指標になります。
その結果、「反原発」「ニュース」「有識者」のクラスタの、「保守」インフルエンサーに対するリツイートが非常に少ないという特徴が現れました。
「反原発」「ニュース」「有識者」のクラスタの人たちが、この3カテゴリーのなかで、自分以外の2カテゴリーのインフルエンサーをリツイートする割合が同程度の高さであるのに対して、「保守」インフルエンサーをリツイートする割合が、非常に低かったのです。
つまり、「反原発」「ニュース」「有識者」の間では、言説をお互いに参考にしあっているのに対して、「保守」の言説は、ほかの人たちからかなり無視されている傾向があると言えます。
ただ、ここで注意すべきなのは、「保守」クラスタでは、「ニュース」インフルエンサーのリツイートの割合が、ほかのクラスタ(「反原発」「有識者」)とほぼ同じで、これは「保守」が、「ニュース」クラスタの情報を、ほかのクラスタと同じ程度に、重要視している、活用していることも意味しています。
これらの点を踏まえると、「保守」クラスタが、ほかのクラスタから疎外され、「分極化」傾向が見られてはいますが、しかし、「ニュース」インフルエンサーへの依拠傾向もありますので、完全に分極化したとまで断言はできないと考えます。
メディア消費が分極化に影響しているのではないかという点ですが、ツイートに含まれている、リンク先についての分析を行いました。
ここでも、「保守」の人たちで大きな特徴がありました。「反原発」「ニュース」「有識者」では上位4番目までが共通しており、「Yahooニュース」「NHK」「共同通信」「朝日新聞」でした(クラスタにより順番はまちまち)。
しかし、「保守」では「産経新聞」「YouTube」が入り、「共同通信」「Yahooニュース」が抜けました。
「保守」では、「産経新聞」が強く、よく消費されているメディアになっている。また、「保守」言説において、動画を使った主張がされると指摘されており、「YouTube」が「保守」のみで登場しています。
とりわけ「反原発」と「保守」は明らかにイデオロギー性を帯びたクラスタであると解釈できるわけですが、分極化の特徴として集団の持つイデオロギー性(リベラルか、保守か)と党派性(どの政党を支持するか)が強く関連付けられているという点が挙げられます。
そこで、イデオロギーと党派性が一致しているのかという点に注目して分析してみました。
便宜的に、それぞれのクラスタが、どのような政党の議員たちを、フォローしているのかを調べました。フォローするということは、その集団に帰属するとの意思表示でもあります。
「保守」は、日本維新の会、自民党に近い。「ニュース」「有識者」はニュートラル、「反原発」は、社会民主、共産各党への偏りが見えます。
これらの分析から、先に記した調査のポイントごとの「まとめ」を記します。
①気候変動についてどの程度語られているのか?
気候変動というトピックの認知度は高い。米国がパリ協定を離脱した際には大変注目を集めた。さらに、ギャグのネタにもされた(「熱い男」松岡修造)。ネタにされるということは、それだけ認知度が高いということも意味している。
②気候変動についての意見集団が形成されているか?
立場の明確なインフルエンサーが存在している。その結果、意見が同質的な人たちがクラスタとして抽出できており、意見集団が形成されている。
③気候変動に対する意見の分極化が見られるのか?
偏りはあるが、分極化は傾向はあるものの、断定できない。今回の調査期間中に、米国のパリ協定離脱という動きがあり、米国での気候変動をめぐる賛否の影響が、日本におよんでいた可能性がある。
日本でも分極化の傾向は否定できないが、しかし、孤立気味の「保守」クラスタが、「ニュース」クラスタのツイートをリツイートしている点(「ニュース」のクラスタに依拠している傾向がある)を考慮すると、分断しているとの断定には至らない。
長くなりましたが、以上になります。
参加者とのディスカッション
吉永さん:そもそも、SNSが出る前は、インターネットというのは公共圏シナリオでした。ネットというのは、民主主義に非常に役立つ、それは誰しもが情報を出せるし、好きな情報を手に入れることができるし、偏った情報を手に入れても検索してほかの情報を手に入れることができる、そういう場所だから、だから公共圏なんだという議論があったわけです。
それが2000年代に入って、そんなことはない、民主主義にとって、インターネットはよくないという話がたくさんでてきました。
そして、近年のSNS研究の中心は、「分断化」をもたらすという「エコーチェンバーシナリオ」でした。
ただ最近、「公共圏シナリオ」がでてきた。例えば2014年に発表された論文では、Twitter上には確かに異なる政党を支持する集団が形成されてエコーチェンバー化しているように見えるが、同時にその集団の間で活発な議論がなされていることが報告されています。
最近になって、こっちの方が注目されてきました。
田中さん:伝統的には、人数が少ない集団では公共圏シナリオが成立するという議論や実証はあるのですが、それが、集団が大きくなっていくと、うまくいかなくなる。大きな政治の判断のなかで、公共圏的なシナリオをどう実現すべきかという議論に戻ってきています。
インターネットで、分極化が進むという指摘は、近年は、「それはユーザーに情報を提供する社会精度的・技術的アルゴリズムの失敗なのではないか」という議論が盛んです。
米国のなかでは、「分断化を促すというのは、制度設計つまりアルゴリズム設計を失敗しているのであって、うまく公共圏を実現するアルゴリズムがあるのではないか」という風に関心が向かっている研究者が結構います。
日本の大手情報サイトでもさまざまな試みがあって、ヘイトスピーチはどうしても出るけど、いかにして、サイト上の表示の上位にのぼりすぎないようにするか、陰謀論や極端な科学信奉主義とかが、上位にあがらないようにするにはどうするか、という工夫です。
目指すべき世界をどう調整していくのか、その調整の仕方として公共圏シナリオの考え方や実装が再検討されている状況だと言えるでしょう。
田中さん:最近私たちは、「分極化」(polarization)ではなくて「分極化の過程」(polarizing)が大事ではないかと考えています。新しい話題がでてきて、見解が分かれていく、分極化する、そのプロセスで何が起こっているのというのが気になっています。
たとえば、専門家と言われる人たちが、何を果たしているのか、どのように行動するべきか、発言するべきか、それが、これからの要点ではないか、と考えています。
定量的には出せないのですが、SNS上の言説を観察していて感じるのは、影響力のある人たち(科学者もふくめて)の言動です。
たとえば、ある著名な研究者は単体ではなく、本人を支持している人たち、さらにその外側の人たちという複数のレイヤー(層)構造をもっている。こうした構造では、本人の考えを、本人は発言していなくても、周りが忖度するのです。
専門家が、異なる意見の人あるいは陣営に対して、ちょっとした皮肉っぽいことをいうと、周りの人は攻撃のお墨付をもらったような雰囲気になり、もっとひどいことを言いだすというのが、よく観察できる状況です。
専門家はさすがに、露骨に「あいつらはバカだ」とは言いません。いちおう、ひねった表現を使います。ほめ殺しとかね。すると、周りの人、その専門家をフォローしている人たちが、一斉にお墨付きを得たとばかりに、反対陣営に対して、より直接的な罵倒を始める、これがシナリオとして頻繁に起こっているし、波のようにばぁーっと伝わっていきます。
SNSは、感情を伝えるのに史上一番成功したメディアじゃないか、とよく言われるますが、その特徴がとてもよく出てきます。
こういう構造がわかってきている以上は、専門家はもう少し、これまでとは異なる種類の社会的責任を担わなければいけないのではないか、という気がするし、分析データを見ていると、一部の専門家はこういう現象に接して、支持者たちのご機嫌うかがいをしてしまっているのではないか、という感じは強く持ちます。それは、リツートの関係に強くでてくる、という点は確かめられつつあります。
田中さん:科学分野のトピックは、かなり専門的で普通の社会活動ではないので、どの程度フォーマルなのかは区別できていません。
ただ、政治コミュニケーションの分野では、発信者がどの程度パブリックを意識しているのかを分析している人たちはいます。
例えば、SNS上の議論が、投票行動とどの程度むすびついているか、というのは、複雑な議論がありますし、それがうまくいかなかったのが、この間の米国大統領選挙です。ラストベルトと呼ばれる低所得者層の分析で失敗しました。
この人たちは、教会を中心とした古典的なマスコミュニケーション論では解釈可能なコミュニティーでの意見交換とか、紐帯を優先した集団だったが、SNSで可視化できなかった。
でも、だからといって、ソーシャルメディアはだめなのか、というとそうではなくて、より抽象的な、イデオロギーとか政策議論とかに参画する集団のある側面の議論は、ソーシャルメディアの空間の議論に近いことが、調査でわかっています。
SNSは、社会の一部の反映ではあるが、ほかの部分は間接的にしか反映されない、ということが起こっていると思います。
田中さん:その問題について考える糸口として、最近わたしたちが気にしているのは、萌芽的な科学技術に関しての社会的雰囲気、社会的な想像の雰囲気です。
日本では、温暖化、環境問題に関しては教育が成功していて、かなり均質な印象を持っている国ですね。再生医療や宇宙などに関してもポジティブ、科学技術全般に関して、ポジティブな国です。
ただ、今後、雰囲気として、積極的な言説(ポジティブワーズ)、否定的な言説(ネガティブワーズ)が、どのくらいでてくるのかに注目しています。
日本の科学と社会の向き合い方で気になるのは、論争的になると、科学者集団が基本的に規制をお上(政府)に頼る点です。
論争的なものにわけいっていくべきだ、というのが欧米の科学コミュニティの観点ではすごく強いのですが、日本の場合は、論争になってもめて、自分たちが責任を問われるのは困るから、早くルールをつくってくれと、経産省とかにお願いを始めるという行動が起こります。
ナノテクでもそうでしたし、ゲノム編集とか再生医療に関しても、どちらかというとその傾向が強い。しかし、そこは、本当は科学者が出ていって、社会と一緒に議論して規制議論をした方が結果的に研究はやりやすいはずなのです。
規制をどうするべきかなどが、よくわかっていない役所に聞くと、例えばナノテクの場合に顕著ですけれど、要請された厚労省とか経産省が「どうしようか」ということで、まず諸外国にルールをきき、海外のものが輸入される。
しかし、諸外国はそれぞれで有利なようにルールを作っているので、結果的に、日本の研究が一周遅れになってしまった、と言われています。
それはナノテクにしてもそうですし、ゲノム編集なんかでも、また同じことが起こっているところがあります。
何か論争がおこっているときに、科学コミュニティはお上をうかがうというか顔色をうかがう(集団としてですよ。個々の科学者は科学というものの営みを信じているとしても)、集団としてはどうもお上の裁定待ちになるという気がしています。
そもそも、どうすべきかについて攻めで議論していかないといけない話だし、そこで倫理とか法の問題も積極的に議論しないといけないのではないかと思うのですが、「責任ある研究・イノベーション(Responsible Research and Innovation)」というものに関しては非常に日本は弱く、海外のルール作り待ち、という感じが常にしていますね。
田中さん:その傾向は現在も強いですが、どうしても後手後手に回ってしまいます。例えばWHO(世界保健機構)など海外で認めているから、日本もOKしろ、というロジックが多いです。
論争的なところにまきこまれたくない。そこにまきこまれるのは中立的な科学者がすることではないという雰囲気があります。海外だって論争の末にそういうルールを作っているので、あいつは左だ、右だと言われながら、科学者が必死に入っていって、倫理学者と議論しながら、やっているはずなんです。
まさに同じことを、再生医療系の研究者の方とよく議論するのですが、やっぱり、基礎研究ただ乗り論と同じで、研究ルールただ乗り論というのがあるのではないかと。海外でルールができたら急いでもってきて、それで満足する、というのはあるのではないか、と言っています。
吉永さん:今回の調査で「反原発」というのは、基本的に温暖化も心配している人たちです。
このクラスタの主張を分析すると、環境は大事だという文脈で、原発も環境を汚すものだという、基本的にそういう親和性で、温暖化に対して、ストップしなきゃいけないと、そういう主張をしている方が多い。反原発懐疑論者はいないわけではないのですが、決して大きな求心力をもつ意見をだしているようではありませんでした。
しかし、これは保守クラスタでの懐疑論も同じです。今回の分析から言えるのは、政治や社会についての議論がまず中心にあり、気候変動に対する態度はそこでの意見によって左右されるということ。
ですから、政治社会的な文脈が欧米とは異なる日本において、「気候変動への懐疑」という態度がどのようなものなのか、それを分析していくことが大事だと思います。(終)
[掲載日:2018年5月2日]
取材、構成、文・冨永伸夫(対話オフィス)
写真・成田正司(企画部広報室)
**セミナーの第1部はこちら↓
「現代メディア空間における科学技術の議論」