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【連載】審議委員に聞く-新環境基本計画が目指すもの
第3回 棚橋 乾さん(東京都多摩市立 連光寺小学校長)

どういう想いを、あなたは託しましたか

 昨年発表された、第5次環境基本計画。

 基本計画は、国の環境政策を決めていくうえでの方向性を示したもの。今後、様々な現場での施策に反映されていくことになる。

 計画づくりに参加した審議委員に、計画にこめた想いを聞く連続インタビュー。

 3回目は、東京都多摩市立連光寺小学校長の棚橋乾さん。全国小中学校環境教育研究会の元会長で、教育界代表として審議に携わった。

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第1回 井田徹治さん(共同通信社)
第2回 石田栄治さん(トヨタ自動車)

棚橋 乾(たなはし かん)さん

1956年2月生まれ。1979年、東京都の区立中学に着任。理科教諭。サンパウロ日本人学校、都内の小中学校で教頭、校長を務める。2016年から現職(連光寺小学校長)。2012年から15年まで全国小中学校環境教育研究会会長。教諭時代から環境教育を実践。自然、生き物、エネルギーなどを理科の授業や総合的な学習の時間で指導。

棚橋さんの写真

新環境基本計画とは?

 新環境基本計画は、2018年4月に閣議決定された。

 最初の計画ができた1994年から6年前後で改訂を重ね、今回が第5次になる。2017年2月から中央環境審議会総合政策部会で審議が積み重ねられてきた。

第5次環境基本計画のポイント

・国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」や地球温暖化対策の国際ルール「パリ協定」をふまえ、「新たな文明社会を目指す」としている。

・地域の資源を活用した「地域循環共生圏」の考え方を新たに提唱。

「6つの重点戦略」(経済、国土、地域、暮らし、技術、国際)を設け、環境政策を通じた経済・社会的課題の解決への取り組みを提示。

※注 第5次環境基本計画の概要と本文はこちら(外部リンク)

環境問題 課題を学び、そして行動する能力の育成を

環境基本計画の審議には、どのような想いでのぞんだか?

 環境に取り組む人材をどう育てるか、その課題にこたえる基本計画になってほしいと考えた。

 今回の基本計画の重点に、SDGs(持続可能な開発目標)がある。SDGsをどのように実現するかは、SDGsを担う人材が育つかどうかにかかっている。その意味で環境教育や ESD(Education for Sustainable Development/持続可能な開発のための教育)は重要な柱だ。

 ESDはユネスコが2002年に提唱し、私たちも取り組んでいる。環境教育やESDという言葉を基本計画のなかで、もっと取り上げてほしいと、審議の会合では強調した。


いまの教育現場で、環境問題の取り組みは?

 環境教育やESDがなかなか進まないとの残念な気持ちがある。

 2000年に「総合的な学習の時間」(総合学習)が始まった際には、文科省が提示したテーマに、国際理解、福祉などと並んで環境があり、その結果、全国で多くの学校が環境教育実践校になり、いっときは「環境ブーム」だった。

 その後、様々な変化があり、現在は環境教育に取り組む学校は減ってしまった。

 大きかったのは、OECD(経済協力開発機構)による学習到達度調査(PISA/ピサ)(※注1)が始まって、日本の結果がかんばしくなく、日本の子どもたちの学力不足が指摘されたことだ。

 「もっと基礎学力をつけろ」という声が高まり、文科省が指導した。

 まず教科書の内容が3割増えた。生徒も先生も算数、数学や国語など教科学習が忙しくなった。さらに総合学習の時間の週時間が、4時間から2時間になった。時間をかけて、環境や人権のことを子どもたちが自分たちで学び取るような、余裕のある状況ではなくなった。

 さらに、近年は、英語学習やコンピューターのプログラミングを総合学習の時間に取り組むようになり、環境をとりあげる機会を確保するのがむずかしくなっている。

 この10年ほどの流れだ。

※注1 学習到達度調査(PISA/Programme for International Student Assessmentの略)とは?
OECDが2000年から3年ごとに実施。日本は2003年の調査で読解力が8位から14位に転落。詳細はこちら(外部リンク)


子どもたちの「環境離れ」が言われている。

 環境に関する知識を学ぶ機会が減り、河川や大気の汚染、酸性雨、オゾンホールなどはほとんど話題に出なくなった。子どもたちの環境についての知識は、乏しくなった。

 また、かつての環境教育の欠点もある。つまり、ネガティブなことを子どもに教える教育に陥りやすかった。

 例えば、「環境汚染が進む」「地球はもうだめだ」「人間はもう生きていけない」というような内容になってしまい、「では、解決のために何ができるか」「頑張ろう」という方向にならず、「じゃあ、もういいや」ってあきらめてしまい、課題解決力、取り組む意欲を育てきれなかった側面がある。


ユネスコで提唱したESDについては、日本でも、ユネスコ・スクール(※注2)や「持続可能な開発のための教育推進会議」(※注3)などの団体があり、多くの学校で取り組んでいる。成果を上げているのでは?

 ESDは、ユネスコが担当しており、文科省のなかでは国際統括官の管轄だ。

 一方で、小学校、中学校、高校で何を教えるかは初等中等教育局が管轄で、こちらの影響力が圧倒的だ。初等中等教育局は、OECDが出している提言「Education2030」(※注4)と連携している。この結果、個々の学校がESDに取り組むといっても、なかなか動けないという事情がある。

 OECDにも、「持続可能な社会づくり」という認識はあるが、基本は経済発展だ。「まず個人や社会が経済的に成功する」、そのうえで「持続可能性をはかる」という流れ。成功前提の能力開発になっている。

 「みんなでがんばって幸せになるけれど、環境もうまくいくようにしよう、取り組んでいこう」という価値観は、OECDから感じられない。

 2017年改訂の最新の学習指導要領では、「育成すべき資質・能力の3つの柱」として、
①知識・技能
②思考力・判断力・表現力
③学びあう力、人間性
が掲げられている。

 この3本の柱のうち、①知識・技能、つまり基礎学力が、最も重要視されている印象だ。ここがベースだということになると、「そこさえこなせばいい」と指導が偏ってしまう。

※注2 ユネスコスクールについてはこちら
※注3 持続可能な開発のための教育推進会議(ESD-J)についてはこちら
※注4 Education2030とは?
近未来=2030年において子どもたちに求められるコンピテンシー(行動特性)を検討。詳細はこちら(外部リンク/PDF)


最新の学習指導要領に、「持続可能な社会の創り手を育てる」ことが盛り込まれた。指導要領もSDGs(持続可能な開発目標)の取り組みに積極的ではないのか?

 この一文が入るのにも、いきさつがある。

 学習指導要領の改訂は、まず、文部科学大臣が中央教育審議会(中教審)に諮問→中教審が答申→文科省が指導要領の原案を作成→改訂という流れがある。ESDや「持続可能な社会」などの文言は、中教審の答申には多く言及されていた。ESDに理解のある委員がいたからだと思う。

 ところが、文科省が作成した指導要領原案では、それらの文言がごっそりなくなっていた。それに対して、環境教育に携わる教員や研究者がパブリックコメント募集の際に、多数の意見を提出し働きかけた。

 その結果だと思うが、指導要領の前文に、「持続可能な社会の創り手」という一文が登場した。前文に記されてはいるが、内容と連動していない。パブリックコメントが多数寄せられたので、それへの対応だけにとどまっている印象で、非常に残念だ。

 この一文を、教科書や学校現場でどのように反映することができるかが課題だ。


環境基本計画の話題に戻るが、審議の途中で、関係諸団体との意見交換会では、教育団体から「基本計画のなかで環境教育、ESDの位置づけを再考し、強く推進していくべきだ」という声が出された。どのような点が不足していたのか?

 基本計画の「環境教育」の項目は、原案では、①自然の豊かさなどを現場で学ぶ「体験学習の充実」、②「多様な環境保全活動・地域づくりへの参加」などが設けられていた。

 それに対して、「これだけで、環境を改善していこうという人材が育つのだろうか」と疑問をもった。「体験学習」や「参加」は、知識や体験を学ばせるという基本的な意義はある。しかし、それだけでは受け身の姿勢だ。

 温暖化問題やリサイクルの問題を先生が教えたいと思い、教材や体験の機会を準備して指導する。これは結局、算数や国語、理科の授業と同じで、知識の伝達にとどまる。

 持続可能な社会づくりということは、課題を発見し、解決策を考え、そして行動することを意味する。知識だけではなく、行動まで結びつく能力を育成することが肝心だ。

 そこで、私は、環境教育やESDの学びを、価値観や課題解決能力の育成に深化させるべきだと強調し、「環境教育の深化・充実」という項目が盛り込まれたと理解している。


今、欧州を中心に、中高生や大学の学生ストライキやデモ行進が広がり、より厳しい温暖化対策を求めている。学生ストライキはどう評価しているか?

 自分の思っていることを世の中に発信する、それはすごく大事なことだ。でもストライキという手段に訴えるのは、日本では難しい。

 北欧などでは子どもたちが、自分の主張を訴えるために、中学生で年に3回くらいデモに参加すると言う。「明日は温暖化防止のデモに参加するから学校に行きません」と担任の先生に報告すると、「じゃあ、がんばってね」という反応だとのことだ。

 日本では認められないと思う。

 欧米では、自分の主張を表明することが、日本よりも深く根付いていると思う。日本の参加者が少ないのは、その点が大きな原因ではないか。

 ただ、ネットによるコミュニケーションがどんどん広がっているので、日本でも新しい動きが登場するかもしれない。


今回の基本計画では、重要なポイントとして「地域循環共生圏」を掲げている。この構想をどう考えるか?

 とても重要なことだ。

 地域の疲弊、衰退という状況は驚くべきところまできている。都市部だけではなく、地方ともいっしょになって、環境を保全していくシステムを作ることは意義深い。

 しかし、本当に実現できるのか、という心配はある。温暖化対策を見ると、脱炭素社会を提示しながら、一方で、石炭火力発電の廃止には踏み込まないなど、環境省は頑張ろうとしても、国全体では、ブレーキがかかる。

 「共生圏」についても、いかに実現していくか、これからの行動が大事だ。


教育現場の観点から、環境研究に何をのぞむ?

 子どもたちの学びが、かっこいいと感じられるものであってほしいと考えている。

 ドキドキするリアルなもの、日本全体、世界に目を向ける広さのあるもの、そうした内容で、子どもにもわかる情報、素材を発信してほしい。それを学ぶことで子供たちが目を輝かせるようになってほしい。

 温暖化を教えるときに、地球の気温がどのように変わるかを示したシミュレーションの動画を見せると、子どもたちは食い入るように見る。数十年後にいまより問題が大きくなるということは、自分たちが大人になったときに大変なことになる、ということ。そのことを子どもたちが感づいている。

 子どもたちは環境問題に敏感だ。私も朝礼では温暖化などの環境問題について話すことがあるが、みんなで頑張って取り組もうと伝えている。


学んだことを、行動にむすびつけるには、何が必要なのか?社会づくりを担う人材育成はどうすれば実現できるか?

 子どもたちは、自分で調べてわかったことを発表するとき、誇らしげな顔をする。自分で課題をみつけ、調査し、掘り下げて、発表する。教科書はなく、自分たちの発想が活用できるのでおもしろい。

 何度もその様な経験をして、学ぶこと、自分で調べることのダイナミズムに気づく。その気づきが誇らしさなのだと思う。失敗してもくじけずに、振り返り、改めて挑戦する。

 学校の近くを流れる多摩川を調べるという授業があって、水質、生き物などいろんなテーマを選ばせて、それぞれに調査をさせたが、あるグループは、「多摩川にくる人を調べる」と言い出した。

 何をするのかとじっと見ていると、堤防に人がくると、「何をしにきたんですか」とアンケートした。そして、「犬の散歩が一番多かった」とまとめ、「川と人のつながりがわかった」と発表した。

 内容はささいなこと。しかし、自分たちで実行するところが大事で、この力があれば、別の課題に対しても工夫して対応できるようになる。

 そのような子どもたちを増やすことが、遠回りではあるが、持続可能な社会をつくるために、大切ではないかと考える。(終)


[掲載日:2019年7月3日]
取材、構成、文:冨永伸夫(対話オフィス)

参考関連リンク

●環境省「第5次環境基本計画の概要」(外部リンク)
http://www.env.go.jp/press/105414.html

●国立教育政策研究所「学習到達度調査(PISA)」(外部リンク)
https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/index.html

●ユネスコ・アジア文化センター「ユネスコスクール」(外部リンク)
http://www.unesco-school.mext.go.jp/aspnet/

●持続可能な開発のための教育推進会議(ESD-J)(外部リンク)
http://www.esd-j.org/

●文部科学省「Education2030」(外部リンク/PDF)
https://www.oecd.org/education/2030/OECD-Education-2030-Position-Paper_Japanese.pdf

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