【連載】審議委員に聞く-新環境基本計画が目指すもの
第2回 石田栄治さん(トヨタ自動車)
どういう想いを、あなたは託しましたか
昨年発表された、第5次環境基本計画。
基本計画は、国の環境政策を決めていくうえでの方向性を示したもの。今後、様々な現場での施策に反映されていくことになる。
計画づくりに参加した審議委員に、計画にこめた想いを聞く連続インタビュー。
2回目は、トヨタ自動車環境部企画室長の石田栄治さん。審議会には経団連(日本経済団体連合会)地球環境部会委員の立場で参加、産業界代表の1人として策定に携わった。
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第1回 井田徹治さん(共同通信社)
石田栄治さん
1970年2月生まれ。1993年、京都大学工学部卒。トヨタ自動車入社。英国イーストアングリア大へ留学後、環境部生産グループ、トヨタモーターノースアメリカ・ワシントン事務所駐在、環境部コミュニケーション室長などを経て、2019年1月から現職(環境部企画室長)。
新環境基本計画とは?
新環境基本計画は、2018年4月に閣議決定された。
最初の計画ができた1994年から6年前後で改訂を重ね、今回が第5次になる。2017年2月から中央環境審議会総合政策部会で審議が積み重ねられてきた。
・国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」や地球温暖化対策の国際ルール「パリ協定」をふまえ、「新たな文明社会を目指す」としている。
・地域の資源を活用した「地域循環共生圏」の考え方を新たに提唱。
・「6つの重点戦略」(経済、国土、地域、暮らし、技術、国際)を設け、環境政策を通じた経済・社会的課題の解決への取り組みを提示。
※注 第5次環境基本計画の概要と本文はこちら(外部リンク)
環境・経済・社会?バランスよく取り組む
全体的には合格点だと考える。理由は2つある。
ひとつは、環境、経済、社会の3つの観点がきちんと入り、バランスに配慮していること。
基本計画の「基本的な考え方」のなかに、「環境・経済・社会の統合的向上に向けた取組」が位置付けられている。経済界の主張である、環境と経済の両立が反映されているので、満足だ。
もうひとつは、環境課題に対して、分野横断的に取り組む姿勢をはっきりさせた点だ。
これまでは、例えば地球温暖化、資源循環、自然共生などの課題ごとに、国の計画が作られていたが、今回は、分野を横に通す新しい形で、よくまとまったと評価している。
経団連では、昨年10月に「生物多様性宣言」(※注1)と行動指針を9年ぶりに改定し、「環境統合型経営」という考え方を打ち出した。
自然共生社会の構築は、気候変動対策や資源循環対策に密接に関連していることから、それらの幅広い環境活動を事業活動のなかに取り込むという姿勢だ。
産業界の取組みにおいても、環境基本計画で掲げられた分野横断的な考え方がとりこまれたことは、よい面だと思う。
※注1 「生物多様性宣言」についてはこちら(外部リンク)
不十分だったのは、エネルギーについて。
我が国のエネルギー政策は3E+S(※注2)の考えに基づいている。
3E+Sのすべてを満たす完璧なエネルギーがないなかで、審議会の議論は、理想論に傾いていたのではないか。環境に配慮していても、経済性では必ずしも満足ではないという点がある。
太陽光発電など再生可能エネルギーの普及には、政策的な後押しがあり、その負担が電力料金にはね返っている。原子力発電の議論も、もちろんS(Safety=安全)の確保が大前提ではあるが、温室効果ガスを排出しないという優れた環境性等も踏まえたバランスのとれた議論が必要であったのではないか。
3E+Sすべてを満たすエネルギーは、現状ではない中で、現実を見据えて、あらゆる選択肢を追求していく、という議論が少し弱かったのではないか。
そして、費用対効果について。環境対策は、様々な観点から考えなければならないはずだが、環境保全だけに目を向けた議論があった。
国民負担、生活水準に直結するものに対して、「これだけのお金をかけて、これだけの効果がある」という費用対効果の議論をもっとするべきではないかとの印象がある。
※注2 3E+Sとは?
供給が安定していて、国民負担が少なく、環境に適合し、安全であること(安定=Energy security、国民負担が少ない=Economic efficiency、環境適合=Environment、安全最優先=Safety)。詳細はこちら(外部リンク/PDF)
SDGsでは、持続可能な開発目標として17の項目を掲げている。
1番目が貧困の撲滅、13番目が気候変動対策などだが、経団連は1から17までバランスよく、すべてやらなければならないという姿勢だ。13番が優先するという考え方は持っていない。
環境の部分だけに手を打つというのは、順序として違う。経済を置き去りにした環境対策はない。貧困問題、食糧問題や水の問題もすべてをバランスよくやっていくためには、経済も環境も両方やっていかなければならない。
今回の計画で掲げた「環境・経済・社会の統合的向上」という考え方も、こうした様々な課題のバランスを考慮した表現だろう。
明示的なカーボンプライシングには、CO2 1トン当たりいくらという炭素税の形や排出量取引制度など、様々なやり方があるかもしれないが反対だ。
電力価格やエネルギーコストの上昇につながり、その結果、産業界さらには国民に負担がかかることで、企業の国際競争力は失われ、技術開発ひいては健全な経済成長が阻害される。
各社ごとにいろんな意見があるというのは十分わかっている。
ただ、経団連は、個社事業を代弁しているのではなく、日本という国の経済の自律的な発展と、国民生活の向上に寄与する観点から意見をまとめている。
カーボンプライシングは、日本経済・国民生活全体を考えたときに、悪影響を及ぼすという考えだ。
そもそも、地球温暖化は全世界共通の課題である。
カーボンプライシングは、すべての排出主体に公平な形で、つまり世界全体で均一の炭素価格を設定できるのであれば、議論に乗ることはできるが、外国も含め、いろいろところでの制度設計などを見ていると、なかなか、望ましい仕組みができていない。
教科書通り、公平性を欠くことなく、理想的な制度が作れるのかは、疑問を持っている。
経団連では低炭素社会実行計画(※注3)を作り、各業界がそれぞれ目標を設け、温暖化対策を経営の優先課題と位置づけ取り組んでいる。我々としては、相当、尽力しているという認識だ。
一方で、各国が公表した排出量の削減分を合計しても、パリ協定の目標(※注4)を達成するために必要な削減量に到達していないというギャップは認識しており、そのギャップは克服していかなければいけない。
※注3 経団連の低炭素社会実行計画はこちら(外部リンク/PDF)
※注4 パリ協定の目標ー世界の平均気温上昇を産業革命前から2度未満、できれば1.5度におさえる。
自主行動方式ではなく、排出量の上限を設けて、各業界が努力するという形でないとだめなのではないかという意見は以前よりある。
しかし、「経団連低炭素社会実行計画」は、業種・企業が、各業界における将来生産見通しや、その時点で採りうる最高の技術(BAT:Best Available Technology)に基づき、自ら最適な目標設定を行い、第三者によるレビューを受けながら、削減努力を行う枠組みである。
これは、事業活動と両立させながら温室効果ガスを削減できる実効性の高い取組みだ。
自分たちでやれる目標をたててコミット(実行)し、実現した場合にはさらに上乗せした目標を設けて、改めて取り組むことで、さらなる実効性・信頼性を確保している。
低炭素社会実行計画と、パリ協定のプレッジ&レビュー方式(※注5)は同じ構造となっている。第三者評価委員会や政府審議会でのフォローアップなど、様々なレビューの仕組みがある。
こうしたフォローアップの場では、NGOや、研究・評価機関からパリ協定の目標にかなっているかどうか、非常に厳しい目で見られていると理解している。毎年度、目標に対する進捗評価を実施し、絶えず目標の妥当性や見直しを含め、検証を行っている。
経団連は、会員企業・団体に長期的な、2050年に向けた目標策定を呼びかけている(※注6)。策定し終わった業界もあれば、いまはまだ考えているという業界もある。
そのうえで、パリ協定の目標とどう整合するかという課題は、次のステップだと思う。
次の一手をどう打っていくかは、大きな議論になっている。その点を無視している業界、企業はない。
※注5 プレッジ&レビュー方式とは?
自主的な削減目標を掲げ(プレッジ、pledge=誓い)、削減目標の確認を第三者から受ける(レビュー、review=点検)方式。
※注6 2050年を展望した、経済界の長期温暖化対策の取組みはこちら(外部リンク)
「環境チャレンジ2050」(※注7)は、トヨタ個社のビジョンで、産業界全体の意見とは分けて、考えている。我々の環境問題に取り組む基本姿勢は、事業機会の創出につながるという点だ。
そのうえで、温暖化対策は、技術で解決するべきだという考えで、技術開発と新しい製品が、温暖化問題の解決につながるというスタンスだ。
ただ、自動車では、課題はまだまだ多い。
たとえば、車体を軽量化する必要があるが、その場合、材料は炭素繊維など、ハイテク製品になり、材料を作るときに莫大なエネルギーが出る。それをどうするのか。
また、リサイクルが困難なので、捨てるしかないが、どうするのか。それらの課題が解決されないまま、進んでいるような側面がある。
こうしたリサイクルなどの課題をはじめ、様々なイノベーションに取り組んでいる。
※注7 「環境チャレンジ2050」についてはこちら(外部リンク)
概念や姿勢そのものについては賛成だ。
これらの構想について、まず考えたのは、他省庁との調整だ。各省庁が実施してきた施策を整理し重複や漏れがないかどうかを点検すべきではないかと思う。
次の課題は財政だ。重点戦略といっても、どういう形で、財政面を考え、施行していくのかが大事だろう。
3つある。
企業や産業界は儲けに直結する研究でないとなかなかできない。なので、長い目で見た基礎的な研究を国の研究所には希望する。
もうひとつは、ほとんど関係がないように思っている分野、例えばAIやIoTなどが、どのように環境問題、環境施策に結びつくのかという点。ここをもっと深掘りしてほしい。
3番目は社会に実装できる研究だ。水素にしろ、再エネにしろ、基礎的研究で終わるのでは意味がない。社会に普及してこそ、環境の解決になると考える。
対照的。逆だ。それをバランスよくやってほしい。
社会実装の部分こそ産業界がやるべきだとの意見や、将来の種まきという長期的視点も産業界が無視してはいけないという意見もある。
だから、必ずしも、全部が全部、国の研究所に要請するのではなく、やはり、官民連携が大事だと思う。
国の研究機関と、企業との連携については、環境分野で、人的交流をもっと進めるのはどうか。お互いの実情を知ることで、より深みがでてくる。人的交流の持つ意味合いは大きいと思う。(終)
[掲載日:2019年3月27日]
取材、構成、文:冨永伸夫(対話オフィス)
参考関連リンク
●環境省「第5次環境基本計画の概要」(外部リンク)
http://www.env.go.jp/press/105414.html
●経団連「生物多様性宣言・行動指針」(外部リンク)
http://www.keidanren.or.jp/policy/2018/084.html
●3E+Sについて:経済産業省資源エネルギー庁「新しいエネルギー基本計画の概要(第5次エネルギー基本計画)」(外部リンク/PDF)
https://www.enecho.meti.go.jp/category/others/basic_plan/
●経団連「低炭素社会実行計画」(外部リンク/PDF)
http://www.keidanren.or.jp/policy/vape/LowCarbonSociety2017.pdf
●経団連「2050年を展望した経済界の長期温暖化対策の取組み」(外部リンク)
http://www.keidanren.or.jp/policy/2019/001.html
●トヨタ「環境チャレンジ2050」(外部リンク)
https://www.toyota.co.jp/jpn/sustainability/environment/challenge2050/
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