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「複雑」をどこまでシンプルに?
―『環境問題図解』の作り手が対談

はじめに-研究とデザインのコラボについて


 「環境問題って、なんかめんどくさそう」-そう思うみなさんにもわかって欲しい!

 そんな思いで誕生した『環境問題図解』(※注1)。環境問題がなぜ起こり、どうすれば解決できるか。その仕組みを図解で説明したものです。

 この図解は、当研究所の研究者3人と、複雑な社会課題を図を使ってわかりやすく解説するデザインの専門家集団「ビジネス図解研究所」(※注2)が共同で作成しました。

 しかし、テーマを深く掘り下げて詳しく説明しようとする研究チームと、テーマをシンプルに表現しだれにでもわかりやすく説明しようとするデザインチームの間には、それぞれの思いを主張する高い壁が立ちはだかったことも。

 その壁を、どうやって乗り越えたのか。

 研究チームの代表である田崎智宏室長と、ビジネス図解研究所の近藤哲朗さんの対談インタビューで制作過程を振り返っていただきながら、環境問題への新たなアプローチをさぐりました。

 近藤さんはふだんから、「チャーリー」のニックネームで呼ばれているとのこと。人気漫画「スヌーピー」に登場する「チャーリー・ブラウン」に似ていることからついたそうです。

 対談での呼びかけも、なじみのある「チャーリーさん」でした。

※注1 完成した『環境問題図解』は、こちら

※注2 代表作に、「ライザップ」「俺のフレンチ」などの注目企業を解説した『ビジネスモデル2.0図鑑』など。ビジネス図解研究所のHPサイトは、こちら(外部リンク)。

ビジネス図解研究所による『環境問題図解』の紹介は、こちら(外部リンク)をご覧ください。


ビジネス図解研究所の近藤哲朗さん(左)と国立環境研究所の田崎智宏さん(右)。


なぜ「図解」を作ったか?


田崎 ビジネス図解研究所とのプロジェクトは、2019年の7月にスタートしました。半年で6回の打ち合わせ会議をしましたね。

チャーリー 最初の会議のときに、田崎さんたちが考えていた構想について説明を受けました。

田崎 そのときお示ししたのが、この図です。この図が今回作成した『環境問題図解』の出発点ですね。

研究チームによる「持続可能な発展の指標体系」。今回の『環境問題図解』の出発点。

チャーリー 問題の複雑さをぼくらが認識しないといけないと思い、まずはじっくりとお話を聞きました。

田崎 もともと、私たち研究チームでは、環境や持続可能性に配慮する社会をモニタリングする指標体系を考案して発表していました。環境や持続可能性がどの程度、実現されているかを測る物差し(指標)の全体像(体系)です。国立環境研究所のホームページでも2017年に発表しましたね。

 SDGs(持続可能な開発目標)でも230の指標が提案・検討されていますが、縦割りの指標には限界があることを私たち研究チームは以前から認識していて、それを補完する横糸のような指標が必要と考えていました。

 そこで、「環境」「経済」「社会」「個人」の関連性を捉えようとした指標体系を提示したのです。でも、「どの関連性が重要なのかはっきりしない」という検討課題が残っていました。

 そこで、ずっと勉強を続けてきたのです。世の中がどのように動いているかというメカニズムを表現できれば、どの関連性が重要であるかが自ずと分かるだろうと考えながら。

 そんなときに、チャーリーさんの『ビジネスモデル2.0図鑑』を読み、「私たちの考えていることを図解で表現できないか」と、協力をお願いしました。言い換えれば、ビジネスモデルの図解の手法を使って、社会モデルの図解をしていただきたいというお願いでした。

チャーリー ぼくたちが『ビジネスモデル2.0図鑑』で目指したのは、新しいビジネスモデルを説明することなんです。お金をかせぐだけではなく、社会にとっても価値のあることを追求していくモデルです。

 経済合理性のみの考え方のビジネスモデルを「1.0」と考え、社会性や創造性も兼ね備えた場合を「2.0」と名付けました。その実例を分析し、シンプルな図解スタイルで紹介したのです。

 だから、田崎さんから『環境問題図解』という提案があったときに、とても興味深く思いました。

田崎 最初の会合では、43ページの資料をつくって、生産と消費、経済、環境が、時代によってどう変わったか、狩猟時代、農耕時代、資本主義の時代など、人類の歴史を長々と細かく説明しました。

 そして、「経済」「社会」「環境」などを包含して解説したい、と伝えたんです。すると、チャーリーさんからは「そんなにたくさん言ったらわからないでしょ」と言われて(笑)。

「エッジの効いた新しい人に出会えた」(田崎さん)

チャーリー 「環境に関心のない人にも読んでもらえるように」という依頼だったので、「複雑なものを書きたいんだったら、(書く)ルールはシンプルに」と言いました。複雑なものを複雑なまま言っちゃうと、ほとんど人に理解されないので。

田崎 ですが、研究者は事実をそのまま言いたい。

チャーリー そうですね。

田崎 いわば写実主義でがっつり、そのまんま絵に収めたくなる・・・。

チャーリー 専門家同士ならそれでもいいと思います。専門家のための情報だったら、複雑なものをより正しく伝えることがより重要なので。

 でもターゲットが変わると、理解してもらうためには、複雑なものはある程度シンプルに表現するしかない。

 ぼくは、環境に関心のない人と言われる無関心層にもグラデーション(濃淡)があると思っています。まったく興味のない人、知る機会のない人など・・・。

 環境問題はいろんな要素があり、複雑な事象なので、複雑なものを複雑なままでは理解はできないですよね。入り口の階段、知識の階段をていねいに作る必要があると思います。突然、高い階段が登場すると、壁に見えてしまい登れなくなるけど、階段を一段ずつ作ってあげれば、登ることができる。

 専門家のための専門的な知識の共有はすでにあると思いますが、専門家ではない人たちに対して、専門家が考えていることを伝えていく、その翻訳作業が世の中には足りていないですよね。


社会のしくみがうまく行っていない


田崎 図解のプロジェクトを進めてきたのは、環境問題の解決についての危機感があったからでした。

チャーリー 危機感ですか。

田崎 そう。この20年、30年で、環境対策はある意味で大きく進みました。しかし、気候変動やプラスチックごみ問題など、地球規模の課題は深刻化してきています。

 持続可能な社会を実現できるかどうかを考えると、「このままではまずい」と意識せざるを得なくなりました。なにがまずいかというと、一つには、環境への取り組みが、個人レベルの行動に押し込まれてしまっていること。

 そもそも、環境問題は社会の仕組みがうまく行っていないから生じているので、仕組みのレベルで変えないといけない。仕組みを変えないで、個人の努力による対策をしていても効果はでない。でも、仕組みを変えるというのは少人数ではできません。

 多数派にするためには、低関心層と無関心層へ働きかけ、問題の構造を理解してもらう必要があります。その道筋が、これからの複雑化した環境問題への取り組みには必須だと考えたのです。

チャーリー それで、どんな人をターゲットにするか、という話し合いをしました。「大学生にも伝わるように」ということだったので、「20歳の大学生の美咲ちゃん」という人物を作りました。

 マーケティングのペルソナという手法で、消費者を具体的に想定してニーズを分析する方法です。今回も、だれに環境問題を伝えたいかを具体的に考えました。大学生を対象にした環境やエネルギーの意識調査などをもとにしました。

 キャラクターは「千葉県松戸市のマンションに両親と3人暮らし」「専攻は心理学でソフトテニス部所属」「環境問題は関心がないわけではない」「ゴミの分別はしっかりしている」「環境問題はどちらかというとマナーの問題ととらえている」「難しいコトバは不慣れ。単位取得と関係ないのに、難解なコトバを理解しようと努力するつもりはない」など詳しく作りこみました。

「社会課題をクリエイティブに解決したい」(近藤さん)

田崎 これには驚きました。私たちも「ふつうの大学生にわかるようにしたい」ぐらいは考えるんですが、それだとまだまだ漠然としています。

 それが、「美咲ちゃん」と、ここまで具体的に設定されると、自分の発言が「これでは伝わらないかもしれない」という風に、イメージがくっきりと浮かびました。

チャーリー 環境問題をシンプルに可視化するにあたり、「誰のために作るか」ということを最初にしっかり共有したいと思ったんです。ぼくらにとっても、研究者とコラボするのは初めての経験で、慎重になりました。

田崎 専門家の難しい説明に対する防波堤になりましたよね。

チャーリー 会議のなかで、「美咲ちゃんだったら、これは伝わるんだろうか」ということを常に問いかけるというか。議論が難しすぎる方向に言ったら、サッカーでいう「イエローカードをあげる」みたいな(笑)。

田崎 チャーリーさんたちとの話し合いでは、「シンプルにしすぎじゃない?」というようなことを、つい言いがちでした。ただ、「それって、美咲ちゃんに通じますか?」と言われると、「うっ」とためらう。

チャーリー もちろん専門的な知識は大事なんですが、それを無関心層に、より多くの人に伝えていく上では、こういった一本、釘をさしていく必要はあると思ったんです。「美咲ちゃん」という「おまじない」ですね(笑)。

田崎 「美咲ちゃん」効果は効きましたね。もっと絞らないといけない、どこを絞ろうかという議論を何度も何度も繰り返しました。


最終盤でどんでん返し


チャーリー まず田崎さんの説明のなかから、どこが重要かをぼくたちで理解して優先順位をつけました。

 ぼくのなかで大きかったのは、経済と社会のバランスが崩れて環境に影響を与えるというメカニズムです。経済が発展し、環境に負荷を与えるサイクルがどんどん回り、一定の量を超えると個人にまで被害が及び、今度は社会が生産を規制してバランスが保たれる。

 そういうメカニズムにポイントがあるのかと気づいたところで、作業が大きく進んでいった実感があります。それで作図したのがこれです。

研究チームの説明を受け、デザインチームが作図。ここから改良していった。

 この時、悩んだのが、「一定の量を超える」というのを、どう表現するかという点です。

 いまの図に、「量が増える」という要素を書き込むと複雑すぎるので、量が増えていく段階を時系列で表すことにして、5つのフェーズに分けて表現しました。

田崎 研究チームで作っていた最初の図をぶち壊しましたよね。「ゼロからスタートかぁ」という印象でした。

チャーリー 経済活動が環境に負荷を与えるループと、環境を回復させるループのバランスがあり、それが崩れた時に、環境問題が発生するということが徐々に見えてきて、完成版の図の原型が見えてきました。

田崎 私たちがお願いしたのは、経済活動を中心にしてほしいということでした。

 環境問題に興味を持たない人たちにアプローチしていくのだから、環境が中心でない方がいいのではないか。経済活動が環境問題を引き起こすというマイナス面とともに、豊かさ、便利さをもたらすポジティブ面も見ながら議論をしたい、と主張したのです。

チャーリー そう。それで会議の終盤までは、この図を用意していました。

「経済」が中央。「環境」(上)と「社会」(下)がつながらない。

 上から「環境」「経済」「社会」になっていますよね。でも、これだとパッと見た時に、全体の構造が理解しやすくはなっていない、と思いました。

 真ん中に「経済」がくると、「環境」と「社会」をつなげる線が描けず、両者が、本当は密接に関連しているのに、遠い存在に見えてしまう。環境問題を扱うんだから、やはり「環境」が真ん中だろうと考えました。

 それで、順番をひっくり返して、「環境」を中心に据えたのです。完成版はこうなりました。

完成型。「環境」は中央にすえた。

田崎 全6回の議論の最終盤でのどんでん返しだったので、びっくりしました。何度も議論をしてきて決めてきたことを、最後の方になって大幅変更してきたんですよ。

チャーリー そうでしたね、ハハハ(笑)

田崎 さらに議論を重ねるうちに、環境問題を理解するうえで、チャーリーさんの意図が、より本質的だと考えるようになりました。

 「環境」を真ん中にすえて、上に「経済」、下に「社会」と、環境に負荷を与える経済側のループと、環境を回復させる社会側のループがすっきり説明できるようになりました。環境に興味を持っていない人に伝えるためには「経済活動を中心に」という想いは薄れていきました。

 あと、もうひとつ忘れられないのは「動画は禁じ手」と言われたことですね。


シンプルにする努力を怠るリスク


チャーリー えっ、そんなこと言いましたっけ?

田崎 覚えてませんか?私たちはかなりショックだったんですけど(笑)。

 図解の完成版では、経済活動から環境への負荷が大きくなり問題が発生し、社会からの働きかけで回復するという、発生から回復の循環という時間的な流れを5つのフェーズで説明しているのですが、はじめは、このような経時変化をどうやって表現していいかわからず、チャーリーさんには「動画かスライドショーを使うことも考えている」と話をしたんです。

 そしたら、きっぱりと「動画は禁じ手」と言われてしまったのです。

チャーリー そうでした。いや、最終的にシンプルで分かりやすくできたものを動画にするのは有効だと思います。ただ、最初から動画を想定するのは禁じ手なのです。

 動画は複雑な事柄を複雑なまま表現してしまうリスクが高く、音、色、動きなどの要素をいくらでもつけることができる。変数を増やせることで、シンプルにする努力を怠ってしまうリスクがあるのです。

田崎 本質的なものを作りたいというお願いをしているのに、動画の便利さを楽しんでしまい、ごまかしたものができるということなんだなと思いました。

チャーリー 動画にしても大丈夫なものはあると思いますが、最初から想定するには、あまりにリスクが高いというか。

田崎 ですね。動画の方向で検討をしなくてよかったと思います。

チャーリー この『環境問題図解』は、環境問題ってそもそも何だろうとか、どんなメカニズムで起こっているんだろうということを、今まで知らなかった人が知るきっかけになって欲しいと思っています。

田崎 例えば、環境問題の報道があったときに、「図解」と照らし合わせて「この環境問題はいま、この図解のどこの段階なんだろう」と調べてもらったり。どの段階にあるのかがわかると、「では解決するにはどうすればいいか」という道筋を考えるヒントになると思います。

 問題に気づいた人の声が社会に届いていないのか、社会のはたらきかけが十分でないのか、はたらきに応じて行われる取組が有効でないのかなど。

チャーリー 「環境問題、気候変動、プラごみ問題とか大事だよね」というのは、若い世代にもあると思います。そのときに、「わかる」という実感を持ってもらうツールが大切で、「わかる」と、さらに「知りたい」という階段を上ることになります。

 「環境問題図解」は、その手助けになって欲しいと思ってデザインしました。さらに、じゃあどうやって解決していくかということまで考えてもらえるといいですね。

 今回は「公害」「気候変動」「資源問題」を取り上げましたが、「ごみ」「生物保護」など、関心のあるテーマで応用してみてほしいです。

田崎 シンプルな説明を重要視したため、複雑な問題の多様な側面で省略したものもあります。

 その結果、記者発表の文章にも書きましたが、「経済活動と人々の幸福の関係」「経済格差」「現在の環境負荷が将来の世代の負担になる問題」などは、図を用いながら解説することはできなくもないですが、基本的には明示していません。

チャーリー 「枝葉を切り落とす」ことで、正しいことが伝わらなくなるというリスクはありますね。不適切なものになる危惧はあります。

 そのリスクをできるだけ避けようと、半年間、議論してきました。

田崎 取り上げたいことの優先順位をつけたうえで、現在の完成版の「図解」を作り、説明をしています。表現できていない課題を扱おうとする際には、別の形で見せる必要があると考えています。

 例えば、今回は「経済」と「社会」を離しているので、富の分配に問題が起こるという経済現象が、社会の貧困を生むという関係は描けていません。

 また気候変動の進行で森林火災が頻発するというように、ひとつの環境問題が別の環境問題につながるという関連性も描けていません。それで、いま取り組んでいるのが、『環境問題図解』の続編です。

 これで終わりとせずに、今後も様々な側面を取り上げていきたいと考えています。(終)

「複雑」と「シンプル」。その議論を振り返る。


[掲載日:2020年2月7日]
取材協力:ビジネス図解研究所 近藤哲朗さん、国立環境研究所 資源循環・廃棄物研究センター循環型社会システム研究室 田崎智宏室長
取材、構成、文:冨永伸夫(対話オフィス)
写真・成田正司(企画部広報室)

参考関連リンク

●国立環境研究所「図解でわかる!環境問題」
https://taiwa.nies.go.jp/colum/kankyo_zukai.html

●ビジネス図解研究所(外部リンク)
https://bizgram.org/

●ビジネス図解研究所 NOTE記事「環境問題を図解してみた 」(外部リンク)
https://note.com/bizgram/n/n4fb8a3e399ea

●国立環境研究所「持続可能な社会に向けた日本の状況」
http://www.nies.go.jp/social/japansdi/method/framework.html

●国立環境研究所 プレスリリース「図解でわかる!環境問題~国立環境研究所×ビジネス図解研究所が初コラボ~」
http://www.nies.go.jp/whatsnew/20200117/20200117.html


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