1. ホーム>
  2. コラム一覧>
  3. 『気候危機』―パリ協定のゆくえ[後編]
  4.  

コラム一覧

『気候危機』―パリ協定のゆくえ[後編]
「“負担”から“チャンス”/脱炭素社会に向けた競争の時代」

気候リスクへの備え、大きなうねりに

 温室効果ガスの削減目標をかさ上げしていくことを考えるとき、注目すべきなのが、産業界、金融界の気候リスクへの対応です。

 主な対応を一覧表にしました(2019年11月調べ)。

企業、団体、金融のリスト

 日本では、京都議定書による排出削減目標(第1約束期間)が始まった2008年の翌年にJCLP(日本気候リーダーズ・パートナーシップ)が「持続可能な脱炭素社会を目指す企業グループ」として発足しました。

 その後、気候変動の深刻な被害が顕在化するに伴い、2014年にSBT(Science Based Targets)、RE100の国際的な活動がスタート。

 SBTは、気候変動など環境リスクに関する情報開示を求める国際NGOのCDPや国際自然保護団体WWFなどの主導で始まり、企業に対して、地球環境研究などの科学的蓄積を取り入れ、パリ協定の2℃ないし1.5℃目標達成に見合う活動を推奨する活動。

 RE100は自社の電力の全量(100%)を再生可能エネルギーで賄うことを目指す企業グループです。グローバル企業では米アップルなどが、日本ではソニーなどの大手が参加しています。

 RE100への参加は主に大手企業であるのに対して、日本では独自に、中小企業向けの「再生100宣言RE Action」が2019年10月に発足しました。

 JCI(気候変動イニシアティブ)は、気候変動対策に積極的に取り組む企業や自治体などのネットワークです。

 これら産業界の活動を促しているのが、金融界で気候変動リスクへの対応を求める動きです。

 TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は、各国の中央銀行などで作る金融安定理事会の下にある組織で、2017年6月に、気候変動の影響が企業の財務にどのようなリスクを与えるかを開示するよう求める勧告を出しました。

 その勧告に賛同するグローバル企業が年々増加し、日本でも大手企業のほか、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も賛同、企業の財務管理に大きな影響を与えています。

 これらの動きが、環境保全や気候変動への対応に積極的なESG投資を後押ししています。

 ESGは、Environmental(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の略で、投資の基準として、利潤とともに、環境問題や社会問題の解決にいかに貢献しているかを組み込む考え方です。

 ESG投資で、日本は欧米に比べて出遅れていました。しかし、近年は力を入れるようになり、ESG投資の伸びが、2016-18年で欧米は10-40%増だったのに対して、日本では300%増と急増していたとの報告があります。

 亀山副センター長は「こうした変化の中心にあるのは温室効果ガス排出削減を企業活動にとって『負担』としてとらえる見方から、『機会、チャンス』ととらえる見方への変化だ。

 再生可能エネルギー、電気自動車など気候変動への対応が新たな利潤を生む業種が伸びた。そのチャンスを生かす方向で、産業も金融も動いている」と話しています。


米国の離脱でパリ協定はどうなるのか?

 米国のトランプ大統領は、パリ協定からの離脱手続きを先ごろ(2019年11月)正式に開始し、国際的な注目を集めました。

 米国の離脱により、パリ協定の行方にどのような影響がでるのでしょうか。

 この点について亀山副センター長は、「悪い影響が出るのは、先進国から途上国への資金支援の分野。米国が最大の資金拠出国だが、トランプ大統領になってから止まっている。

 途上国は援助が出ることを前提にして削減目標を決めているので、米国の離脱で資金援助打ち切りが確定すると、削減が進まない怖れがある」と言います。

 一方で、世界第2の温室効果ガス排出国である米国の、国内での排出削減では、「パリ協定の離脱はほとんど影響がない」と亀山副センター長は見ています。「米国は州政府の権限が強く、エネルギー政策は州政府が決める。連邦政府の方針は影響が小さい」。

 そもそも、米国内では、トランプ大統領のパリ協定離脱方針に反対する動きが活発で、気候変動対策に熱心な自治体、企業などが「We are still in」(訳:私たちはまだパリ協定に参加している)という組織を発足させました。(※注1)

 加盟しているのは10の州、287の都市や郡など、ビジネス及び投資セクターに至っては2209の事業者にのぼります(2019年11月7日現在)。

 一昨年のCOP23では、米国連邦政府は例年と異なりサイドイベント会場を設けなかったのですが、「We are still in」は独自のイベント会場を設け、多くの関係者でにぎわいました。

 トランプ大統領が離脱手続きを開始した際にも、即座に、「United States Climate Alliance」という団体が「離脱反対」の声明を発表しました。この「Alliance」は、脱炭素社会の実現に向けて、再生可能エネルギーの普及などを推進する州知事の集合体で、24の州が加盟しています。

 「米国50州のうち24なので、米国では半分の州がパリ協定加盟を訴えており、真っ二つに割れている」と亀山副センター長。このため、来年の米国大統領選挙では、気候変動は最大の争点になる、と指摘します。

※注1 「We are still in」の公式ホームページはこちら(外部リンク)

昨年のCOP23のWe are still inの会場写真

一昨年のCOP23の際に、「We are still in」が設けたイベント会場。自治体、企業、市民団体など様々な立場の人々が訪れ盛況だった。

気候変動の脅威が社会不安へ

 しかし、前回の大統領選挙では、「国境に壁を作る」などとした不法移民問題が大きく取り上げられました。来年の選挙で、果たして気候変動問題が注目を集めるのでしょうか。

 「不法移民問題も確かに大きな争点だ。しかし、移民がなぜ来るのかということが、米国社会で関心を集めている。気候変動の影響でラテンアメリカの国々において干ばつなどにより食糧が不足し、人々が米国に押し寄せているという見方、つまり気候安全保障が脅かされているという考え方だ」と亀山副センター長。

 気候安全保障という見方は、米国だけでなく世界各地で広がっているといいます。

 欧州では、アフリカからの難民受け入れで世論が分断されています。しかし、アフリカで紛争が続き難民問題が深刻になるのも、そもそもは気候変動によって食糧難が起こったからだという見方が出ています。

 また、南半球では、海面上昇で住めなくなりそうな島国の人たちが、オーストラリアやニュージーランドに移住し、環境難民の問題が深刻になっています。

 「気候変動の脅威が、社会不安につながっている側面が明らかになってきた。パリ協定の目標達成を、切実に求める声が強くなっている」と亀山副センター長。そのうえで、気になっているのが米国政府の発言の変化だと言います。

 今年6月、大阪で開催されたG20(世界20か国・地域首脳会合)。首脳宣言のなかで、米国はパリ協定から離脱することを主張しながらも、「我々は温室効果ガス削減の世界のリーダーだ」と強調しています。

 「トランプ大統領が参加した過去2回のG20では、気候変動対策にはきわめて消極的なコメントしか出さなかったのに、今年は様変わりして驚いた」と亀山副センター長。

 この変化について、「トランプ大統領は、気候変動対策をこれまでのように無視していると再選があぶないと考え始めたのではないか。パリ協定は離脱するが、排出削減はちゃんとやっているとアピールすることで、対策に積極的な層を取り込まざるを得なくなってきた」と分析します。

 その直前にあるCOP25。

 脱炭素社会に向けて、国際社会が大きく変わろうとするなか、私たちの社会、暮らしのあり様が、そして、いかに行動を起こすかが問われているのではないでしょうか。(後編/終)

**記事の前編はこちら↓
「COP25、ここがみどころ」


[掲載日:2019年12月2日]
取材協力:国立環境研究所 社会環境システム研究センター 亀山康子副センター長
写真協力:社会環境システム研究センター 久保田 泉
取材、構成、文:冨永伸夫(対話オフィス)、杦本友里(社会環境システム研究センター)

参考関連リンク

●「We are still in」の公式ホームページ(英語/外部リンク)
https://www.wearestillin.com/

国立環境研究所の関連記事

●地球環境研究センター「ココが知りたいパリ協定」
https://taiwa.nies.go.jp/colum/nechusyo2018.html

●国環研ニュース35巻「パリ協定と今後の温暖化対策」
https://www.nies.go.jp/kanko/news/35/35-3/35-3-04.html


ホーム > コラム一覧