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これまでの活動

「気候危機に研究所としてどう向き合う?」所内意見交換会の開催報告

はじめに


 国立環境研究所は1月に「気候の危機的状況に関する所内公開意見交換会」を開催しました。2019年12月に開催された意見交換会に続き、2回目です。

 所内でこのような意見交換会が開かれることになった背景については、第1回の報告記事をご覧ください。

当日の会場の写真

写真は、第1回開催時のもの。同会場、同規模での開催となった。

 所内の会合ではありますが、前回同様、研究所の取り組みを皆さんにも知っていただきたく当日の議論を紹介します。


研究者による話題提供


 今回の意見交換会ではまず、5人の研究者が気候危機に関連して話題を提供しました。

●気候危機とは何か
【地球規模の持続可能性から考える気候危機】高橋潔 室長(社会環境システム研究センター)
【気候危機において重要そうな話題】江守正多 副センター長(地球環境研究センター)

●気候危機に関する国際的な動き
【COP25出張報告】三枝信子 センター長(地球環境研究センター)
【社会科学系研究分野での「気候危機」】亀山康子 副センター長(社会環境システム研究センター)

●気候変動の観測
【気候安定化から考える気候危機】谷本浩志 室長(地球環境研究センター)

※各役職名は、本会合を開催した当時(2020年1月)のものです。

 それぞれ要約した内容をご紹介します。

   
気候危機とは何か

【地球規模の持続可能性から考える気候危機】

 高橋さんの話題提供では、「気候危機」という言葉が、複数の意味で用いられている可能性が指摘されました。この言葉が急に広く使われるようになったことについて、高橋さん自身は少し違和感を感じると話します。

 以前には危機的とまではいえなかった状況が危機的と呼ぶべき状況に移った、といえるほどの、抜本的な科学的知見の追加や更新がここ数年の間にあったとは捉えていないことが、違和感の原因かもしれない、とのことです。

 それを踏まえた上で、なぜ現在が気候危機と言われるのか、その見解を3つにまとめました。

①異常気象による大規模な被害の増大
人やモノへの被害が増えているといった認識が専門家や一般市民の間で浸透している。

②対応可能な期限が迫っている、または、すでに過ぎている
被害の増大を一定程度に抑えるための対応をとるには、すでに手遅れかもしれない。

③大規模で元に戻らない変化(ティッピングポイント)を超えたおそれ
超えていた場合、影響の予想や対応がとても困難である。現在が人類の存亡の分岐点だととらえる見方も増加している。

 高橋さんは、「今後は、『気候危機』という言葉が社会で広く使われるようになってきた理由や経緯について、社会科学の視点から理解を深めるのが研究として大事」と締めくくりました。


【気候危機において重要そうな話題】

 江守さんは、気候危機を考えるにあたって重要だと思われる視点を挙げました。

 そのうちの一つは、気候工学にどう取り組むのか、また気候工学をどう認識していくのかです。気候工学とは、日射を遮るために成層圏にエアロゾル(微粒子)を撒いたり、二酸化炭素を大気中から吸収する技術的解決策です。

 さらに、社会の抜本的な変化として、「資本主義の見直し」「ありうる脱炭素社会を描く」ことを挙げました。

 「資本主義の見直し」とは、気候変動対策だけでなく、今の格差を生み出している経済システム自体を変えようという動きです。事例として、アメリカで議論されているグリーン・ニュー・ディールという政策があります。

 「ありうる脱炭素社会を描く」に関しては、パリ協定の1.5℃目標の達成に必要とされる、2050年までに温室効果ガス排出実質ゼロをどうやって達成出来るのかを検討することです。

 江守さんは、「これから30年の間に、我々が想像つかない変化が起こると思うので、計画を立てるのではなく『こうやったら出来そうだ』という色々なビジョンを作ることが大事」だとしました。


気候危機に関する国際的な動き

【COP25出張報告】

 国際的な動きの紹介を兼ねて、三枝さんがCOP25の参加報告をしました。COP25は昨年の12月にスペインのマドリード市で開催され、当研究所の関係者も参加しました。

 街中では気候変動に関連した草の根の活動が行われていて、三枝さんは、「日本では専門家が気候変動に対する意見などを述べるという空気だが、COP25の開催中、マドリードでは若者が自分の考えで気候変動への行動を呼びかけていて、日本とは全然違う雰囲気だった」と関心の高さの違いを話しました。

 COP25で当研究所は、温室効果ガスの観測をしている衛星事業(通称:GOSAT)のブースを設置しました。

 また、当研究所にプロジェクトオフィスがある世界的な研究事業、グローバル・カーボン・プロジェクト(※注1)が毎年発表している、世界の年間CO2排出量(グローバル・カーボン・バジェット)を公表しました。

 三枝さんは、今後研究所としてやるべきことに言及しました。

 その一つとして「気候問題を含む『持続可能性研究』を、地域から地球規模までを含む連続した視点で進めること。個々の地域で解決すべきことが積みあがって、地球規模での持続可能性に繋がる」と、ローカルからグローバルまで幅広く視点を持つことの大切さを強調しました。

※注1 グローバル・カーボン・プロジェクトについては、こちら(外部リンク/英語)


【社会科学系研究分野での「気候危機」】

 亀山さんは社会科学の視点から、気候危機には多様なステークホルダーが重要だと話しました。

 気候危機の背景として、最近の気候変動に関する国際交渉では、パリ協定で定められた目標を実現するための合意がなかなか得られませんでした。COP25でも交渉が難航して、国家間交渉の限界が感じられたといいます。

 そこで注目されているのが、「非政府主体(non-state actor)の動き」です。

 非政府主体とは、地方自治体、企業、投資家、科学者、マスメディア、市民、消費者などを指します。最近は気候危機の意識が高まり、「国がやらないなら、我々がやる」という姿勢の人たちが増えてきています。

 その具体的な動きのひとつに、米国のトランプ大統領がパリ協定離脱を宣言した一方で、米国気候同盟(United States Climate Alliance)に24州知事が賛同し、パリ協定を遵守すると公言したことなどがあります。

 これらの社会的な動きを受けて、亀山さんは気候危機研究の課題について、「非政府主体は、どんな条件がそろえばより積極的な行動をとるのか」、そして「科学者やメディアが気候変動をどのように非政府主体に伝えると、彼らは動くのか」が社会科学の重要な研究テーマだと指摘しました。


気候変動の観測

【気候安定化から考える気候危機】

 谷本さんは、気候変動に関する観測やモデリングから見た気候変動研究の現状について説明しました。

 まず、温室効果ガス排出量の推計手法について解説。排出量推計では、大気観測とモデルを使用したトップダウン的手法と、地表面での観測やモデリングをもとに計算するボトムアップ的手法があります。

 精度を高めるために研究者は努力していますが、「地球の観測はとても難しい。地球は複雑で、気候や環境の現象も常に変化している。さらに、地域や時間によって変わる。そのため、100%現象の解明にはまだ遠い」と、その難しさについて言及しました。

 また、最近注目を浴びている温暖化に作用する物質の中で、大気中の寿命が数日から数十年程度と比較的短い「短寿命気候汚染物質」(Short-Lived Climate Pollutants; SLCP)に触れました。

 SLCPにはブラックカーボンやメタンなどの物質が含まれ、二酸化炭素などの削減のみではパリ協定の目標達成に間に合わないため、SLCPへの短期的な取組みが重要視されています。

 また、SLCPはアジアの大気汚染などにも寄与しているため、削減することで同時に大気汚染対策(コベネフィット)にもなり、その効果が期待されています。


意見交換-研究所員からの意見や提案


 その後の意見交換では、所としてどのように気候危機を受け止め、誰にどの様な発信をするべきかを主に話し合いました。活発な意見交換を通して多様な意見が集約されました。

【国環研としての見解・影響】

 まず、気候危機の定義と危機に関する所員の認識について、議論が行われました。

 「危機という言葉は主観が入っているので、『ここまでが危機でなくて、ここから危機』という風に定義が出来ない」という意見がありました。

 “気候危機とは何か”について所として考え続けるべき、という声も出ました。

「気候危機の話題の波に乗る一方で、気候危機という言葉を我々は何を意味して使っているのか。多様性も認識しつつ、所員同士お互いにどう考えているのか、引き続き話していかなくては」

 また、研究所の社会への影響力について、厳しい意見も寄せられました。

「まだまだ日本のアカデミア全体の国際的な存在感が大きくない。NIES(研究所の英語名称:National Institute for Environmental Studies)という言葉も国際的にはあんまり出てこない。世界的な研究プログラムに個人として貢献している研究者もいるのに、研究所の名前が出ていないのがもどかしい」

 今後、所として気候危機とは何かを考え続けること、そして社会全体の中で所の存在感を高めることが課題として挙がりました。


【どこにどう発言するべきか~政府とメディア~】

 次に、誰に対してどう発信していくべきかについて、政府の方針に対する姿勢が問われました。

 たとえば、政府が国内外で石炭火力発電所の新設を容認していることについて、科学者の立場から政策に対する意見を述べるべきかどうか、などです。

 全体的には、所としても研究者個人としても積極的に発言すべき、という意見が多く聞かれました。

「行政に対して耳が痛いことも言い続ければ良いと思う。言い続けることによって場の雰囲気も出来ていくと思っている」

 発信という視点では、今後メディア関係者と関係を築き、所として発信力をつけていきたいという研究者もいました。

「もっと個別にマスコミの方と深く話せる機会を作る。定例の会合をやるとか、定例の理事長会見の日をつくるとか。もっとメディアと対話をしていくことが必要」

 所として、もっと積極的に関係者に対して意見を発信していき、対話を促進したいという意向を多くの所員が持っていることが見えてきました。


【どこにどう発言するべきか】

 ある所員は、なぜ気候変動に対して日本の国民はあまり行動をとっていないのかについて、個人の見解を述べました。

 目先の事や、利益を考える傾向を主な理由として挙げた上で、「どういう事をしたら気候変動の対策を個々人がやってくれるのか、というのは非常に重要なテーマ。これを研究所の次期中長期計画でしっかり進めていけたら」と、行動に繋がる情報発信に期待を込めました。

 一方で、情報を発信する対象としては、企業が重要との指摘もありました。

「行動する主体としては事業者・企業が変わらないと、という部分も。企業は何かやらなきゃいけないと思っている節がある。企業に『どうして欲しいのか』、『どういう道があるのか』をもっと直接訴えかけてみては」

 その他に、若者も重要な行動主体として認識されました。若者が見聞きしている情報が本人の興味に偏っているという意見もあがるなか、その“エコーチャンバー効果”をどう乗り越えるかについて、次のような意見がありました。

「若者に訴えるには新しい情報機器を駆使しないと遅れてしまう。研究者だけど極端なことを言う、言い過ぎだと思うくらいの事を言って、気候危機を理解する人を増やす。あるいは反対する側に戦いを挑むしか方法は無い」


【教育の重要性と対象】

 教育の重要性と、その対象についても話し合われました。

 「まずは、小学生などの若い世代に環境の重要性を伝えていく」という意見がありました。

 小学校では2000年頃に、総合学習の時間に環境教育を行うのが流行ったものの、現在は減少傾向で、「今はやりたい先生が現場で孤立している。NPOなどのノンフォーマルな教育がフォーマルな教育を支えていく必要性は、現場としても感じられている」と学校以外の教育方法も必要、といった意見が出ました。

 大学生世代への教育を勧める研究者もいました。特に大学1年生は受験勉強を終えたばかりで、環境問題について教えるチャンスだと話しました。


【社会をもっと知る】

 当研究所としても、もっと社会に目を向けるべきという声も上がりました。

「社会がどうやって動いているか、こちらから飛び込んでいって勉強しなくてはいけない。特にビジネスの現実を知った上で、そのビジネスのどこにアプローチすれば一番効率的に脱炭素社会へと動くのかを所全体で真剣に考えてもいいと思う」


おわりに


 最後に渡辺理事長からまとめの言葉がありました。理事長自身も情報発信の重要性に注目しており、個人からの発信は歓迎した上で、組織としての見解も述べました。

「戦略的な発信が必要。単純に成果を発信していくだけではなく、もっと訴えかけていく、チャレンジ性が必要だと思う。気候危機について色々意見があったが、“危機”というのは個々の感情や判断が入ってくるので、それぞれにとっての“危機”は異なる。

 実感というのはすごく重要で、普通は自分に危害が及ぶ、あるいは及びそうになると“危機”を感じる。しかし、気候危機に関しては、みんなが実感するようになった局面ではもう手遅れだ。それをどういう風に正しい形で発信していくのか工夫する必要がある」

 今後も、所内意見交換会を継続的に開催し、所として議論を続けていく予定です。(終)


[掲載日:2020年8月27日]
取材、構成、文・橋本友希(対話オフィス)
写真・山田晋也(地球環境研究センター 交流推進係)


参考関連リンク

●対話オフィス「「気候と生態系の危機に関する所内公開意見交換会」開催報告」
https://taiwa.nies.go.jp/activity/opinions01.html

●グローバル・カーボン・プロジェクト公式サイト(外部リンク/英語)
https://www.globalcarbonproject.org/


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