「気候と生態系の危機に関する所内公開意見交換会」開催報告
はじめに
「気候と生態系の危機に関する所内公開意見交換会」が、昨年12月に当研究所で開かれました。
気候変動や生態系の劣化が人類の危機であるという認識が世界的に広まっている現状に対し、研究所として、あるいは研究者として、何ができるのか、何をするべきか。70名ほどの研究者や所員が集まり、意見を交わしました。
所内の会合ではありますが、研究所の取り組みを読者の皆さんにも知っていただきたく、当日の議論を紹介します。
当日の会場の様子。
本会に至る背景
“I don’t want you to listen to me, I want you to listen to the scientists”
「私の声を聞くのではなく、科学者たちの声を聞いてほしい」
スウェーデンの17歳の少女、グレタ・トゥンベリさんの言葉です。
気候変動へのさらなる対策を訴えて、一人、スウェーデン議会の前で座り込みの抗議活動を始めた彼女。その行動はいつしか世界中に大きなうねりを生み出し、「未来のための金曜日(Fridays for Future)」という若者たちの学校ストライキ運動に発展しました。
さて、「科学者の声を」と彼女は呼び掛けますが、そのようなまとまった声とは一体何でしょうか?
当研究所も、所として「科学者の声」を指し示すことを十分にできているのでしょうか。あるいは、示しているつもりでいても、きちんと聞いてもらえていないかもしれません。
社会の要請に、我々はきちんと向き合い、応答できているのか?
そんな問題意識を抱いた渡辺理事長の呼びかけに応じて、対話オフィスが本会を開催し、この問題意識に共鳴する所員が集まりました。
結論から言うと、「科学者の声」になるような見解をまとめるには、まだ、至りませんでした。
しかしながら、研究所や専門家にどんな役割が求められているのかを自ら問い、考えを共有するよい機会になりました。
どんな危機なのか?-気候変動と生態系劣化
我々が直面しているのは具体的にどのような危機なのでしょうか?
意見交換を始める前に2名の研究者が話題提供しました。気候変動がもたらす危機については江守副センター長(地球環境研究センター)が、生態系の劣化に関する危機は五箇室長(生物・生態系環境研究センター)が、それぞれ解説しました。
【気候危機-江守副センター長の話題提供】
江守さんは、気候危機の科学的な裏付けとしてまず、2018年10月に出された国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の「1.5℃特別報告書」(※注1)を紹介しました。
報告書では、このままのペースで温暖化が進むと、早ければ2030年には産業革命以前からの気温上昇が1.5℃に到達すること、また、1.5℃に抑えるためには2050年前後にCO2の排出を正味ゼロにしなければいけないことが示されています。(※注2)
江守さんによると、IPCCが2001年に発表した第3次報告書以降、2013年の第5次報告書や、2018年の1.5℃特別報告書と、年を追うごとに地球温暖化により引き起こされるティッピング・ポイント(臨界点となる温度を超えると起こる急激で不可逆的な変化)に対するリスクが高まっており、気温上昇が低い温度であっても大きなリスクがあると科学者たちの認識も変わってきているといいます。
ティッピング・ポイントを超えると不可逆な変化がドミノ倒しのように進む「カスケード」が世界規模で起こるという説もあります。
たとえば、北極海の海氷が減少すると気温上昇を加速し、グリーンランド氷床の融解が早まり、北方林の森林火災を加速したり、永久凍土の融解を早めたりします。さらに、大西洋の海洋循環が弱まることで、アマゾン熱帯雨林が枯れるのを促進し、南極の融解を促すかもしれません。
江守さんは「まだ仮説の段階だが」と断ったうえで、2℃の気温上昇で最初のスイッチが押されてしまうかもしれず、こうした負の連鎖が続くと、数百年以上かけてではあるものの、4℃まで気温上昇が進むことをもはや止められなくなると話しました。
江守正多 副センター長(地球環境研究センター)。
科学が示すこのような予測がある一方で、世界の温室効果ガス排出量は減少せず、化石燃料への依存も依然として続いています。
この状況に世界の科学者は、どんな動きを見せているのでしょうか?
江守さんが紹介したのが、1万人以上の科学者による「気候非常事態宣言」(※注3)です。153か国から11,258人の科学者が、気候が非常事態にあるとする声明に署名しました。
この声明では、「地球の気候が非常事態に直面していることは、明白で疑いようがない」という科学的な知見に加え、「何らかの破滅的な脅威があれば、それをはっきりと人類に警告する道義的責任が自分たちにはある」と、科学者の“責任”にも言及しています。
この中で、気候変動に対して取るべき具体的な対策も提案されています。
再生可能エネルギーへの移行、森林保護など、温室効果ガス排出量の削減に有効な政策に加え、注目したいのは、野菜中心の生活への転換、出生率を下げるなど、社会経済システムや文化にも踏み込んでいることです。
江守さんは「科学者が自分の専門分野を超えてこのレベルで何かを言おうとすると、中立であるはずの科学者の発言としては批判を浴びるかもしれないが、批判も含めて色々な意見が出てくれば、議論が始まるかもしれない」と、本会での議論に期待を込めました。
※注1 「1.5℃特別報告書」要約の概要は、こちら(外部リンク/PDF)
※注2 この内容を示す論文「Climate tipping points — too risky to bet against」は、こちら(外部リンク/英語)
※注3 「気候非常事態宣言(World Scientists’ Warning of a Climate Emergency)」については、こちら(外部リンク/英語)
【生態系劣化の危機-五箇室長の話題提供】
五箇さんは、「なぜ生物多様性を守らなければならないのか?」という説明から始めました。
多様な遺伝子と種が存在することで安定した生態系が維持され、それが地球環境の次なる変動が起こった場合に適応できる“保険”になります。
また、生物である人間も生態系機能が生み出すサービスに依存して生きており、同時に社会や文化の多様性の基盤には生物多様性があり、人間社会がこれからも発展していくためにも生物多様性は欠かせません。
しかしながら現在、生態系を脅かしている様々なリスクが存在します。
五箇さんによると、生物多様性に関する科学的な評価を行う国際組織であるIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)の最新の報告書(※注4)では、陸地の75%が人間活動のために破壊されており、100万種の生き物が絶滅の危機にあるとされています。
また、絶滅速度が過去1000万年の平均より10~100倍も速く、現在が「第6次大絶滅の時代」という警鐘も鳴らされています。
生物が受けている影響の一つに地球温暖化もありますが、温暖化そのものの割合はそれほど大きくなく、温暖化の影響に他の要因が重なることが絶滅のスピードを速めていると五箇さんは言います。
その多くが、生息地の破壊や乱獲、環境汚染、外来種の侵入など、人為的な要因です。
記憶に新しい昨夏のアマゾン熱帯雨林の大火災は、焼き畑の拡大が一因でした。地球の反対側の出来事ですが、農作物のブラジルからの輸入が多い日本にとって、他人事とは言えません。
「一番環境に負荷を与えているのは、我々個人の生活であることを忘れてはならない。まず、自分自身の足元から環境のことを考えるべき」と、五箇さんは強調します。
五箇公一 室長(生物・生態系環境研究センター)。
もうひとつ、生物多様性への影響が大きいものに、外来種の問題があります。
グローバル化により人とモノの流れが速くなると、外来種が入りやすい状況となります。いずれ強い外来種だけが世界中に蔓延して、生物多様性が失われることにつながります。
日本での外来種問題でよく取り上げられるアライグマは、都市部に多く生息し、農業被害や在来種との競合をもたらすほか、狂犬病などの人獣共通感染症のリスクを高めます。
五箇さんは、外来種問題を放置することは人間社会にとっても大きなリスクとなることを指摘し、「生態系機能を麻痺させると人間社会にしっぺ返しが来る。その一つに新興感染症がある」と警告しました。この警告は現在、まさに新型コロナウィルスという現実の問題となって人間社会に突きつけられています。
五箇さんの話を通して見えてきたのは、“地球環境を脅かす存在としての人間”です。
人間の数が増え、生物からのサービスを吸い上げることで、生態系の劣化を引き起こしています。悪い環境にこそ適応できる生き物だけが増え続け、結果として、人間がその生き物に脅かされているのが現在の状況です。
それゆえに、五箇さんは「生物多様性を守る最大の理由は、生物を愛護することではなく、人間社会を守ること」だと、改めて強調しました。
※注4 IPBESの報告書「Global Assessment Report on Biodiversity and Ecosystem Services」は、こちら(外部リンク/英語)
意見交換-研究所員からの意見や提案
続く意見交換では、「研究成果や科学者のメッセージをどのように伝えるか」と、「研究者あるいは科学者として何ができるか、何をするべきか」の議論が行われました。
【研究所/科学者の役割とは】
研究所は、研究活動に取り組むだけでなく、社会に対して積極的にメッセージを発信する役割を負うべきなのでしょうか。
一人の研究者から、自らが伝えていくべきだという明確な意思表示がありました。
「気候変動に関する諸課題は極めて専門性が高く、適切な自信を持って科学的な知見を示すことができるのは、その研究をしている研究者だけである。研究者が当事者として、社会に対し、継続的に、何度も基礎的な事実や知見から説き起こすことが有効である。」
特定のターゲットに対して、研究成果の活用を意識して発信するべきという意見もありました。
「金融界やビジネス界では科学的な知見に対するニーズが高まっている。どんな情報を提供したら喜ぶか、科学的知見をどう使ってもらえば世の中が変わるのか、研究成果の活用を考えていくべき。」
こんな意見もありました。
「国環研の公式見解として何かを言うことになるとすごく難しい。でも、国環研の多くの人たちは、こうした社会的な問題に対してどうしたらいいのか、研究所としてもっと外に向けて発信してほしいと思っているだろう。」
これに対して、「研究所の見解ではなく、個人の見解です」と断ったうえで、研究者が積極的に発信していくことを後押しするコメントもありました。
【危機的な状況を、どのように伝えるか?】
では、どう伝えていくか。
ある研究者からは、危機をありのままに伝えることが、特に若い世代に対して、かえって悪い影響をもたらすのではないかという懸念が聞かれました。
「事実に基づいたことを世に発信するのは科学者の役割だと思うが、特に若い人に、そのまま伝えると、かえって危機感を煽り、拒否反応を引き起こす恐れがあるのではないか。」
危機感の伝え方については、他の参加者からも意見が続きました。
「危機感をあおるだけではダメなら、危機に対処する方法を一緒に考えてくれそうな人、アクションを起こしてくれそうな人に向けて、言っていかなければならない。」
「問題に取り組んでいる別の団体や、うまく伝える術を持っている人たちと一緒に社会に伝えていかなければならない。そうでないと、(国環研が)ただ怖いことを言っている人たちだと受け止められるのではないか。」
これらの意見に対して、江守さんは、「危機があまりにも危機だと、みな耳を閉ざし、目を背けてしまう」と同意したうえで、「希望のあるメッセージとして出さなくてはいけない。最近は『危機感を最大限に持って下さい。同時に、最大限前向きに取り組みましょう』と言うようにしている」と、自身の経験を共有しました。
【研究所/者は何をする】
終盤で、次のような厳しい声も聞かれました。
「国の長期戦略として2050年までに温室効果ガス排出量を80%削減すると掲げられているが、この研究所で達成できなければ、日本や世界に向けて、減らしましょうと言えない。温室効果ガスを研究所全体で減らすことを、所員がまじめに考えているだろうか?」
この声を受けて、具体的な取り組みについては、踏み込んだ提案もありました。
「研究者もある程度、自らの襟を正す姿勢を見せないと、説得力は出ない。たとえば飛行機に乗って現地に行くことで、自分になにができるのか、天秤にかけて考える。乗る必要がある場合には、カーボンオフセットに寄付をするなど、自分なりに整合性が取れることをやるようにしている。どれが自分にとって必要なCO2排出か、うまく考えられるようになれば。」
研究所としてCO2排出ゼロを真剣に考えるべきという意見には、多くの参加者が賛同を示していました。
おわりに
最後に、渡辺理事長が締めくくりました。
「危機感をあおるだけでは何も動かない。それぞれの人たちがアクションと結び付けられるようなヒントを含んだメッセージを出していくこと。ここを変えればこうなりますよ、という理解を求めていくことが重要なメッセージの出し方であると感じた。
気候変動や生物多様性の問題は何かが起こってからでは遅いので、いかに理解してもらうかというのは、我々にとっても難しい課題。一緒に考えていければよいと思う。」
渡辺知保 理事長(国立環境研究所)。
社会の要請にどう向き合い、科学の知見をどう社会に還元するのか。そのプロセスに科学者はいかに関わるべきか。
当研究所や研究者が果たすべき役割について、継続して議論することになりました。第2弾もすでに行われたので、その様子も後日ご報告します。(終)
**ミニコラム
気候危機を認識する社会のうごき
相次ぐ自然災害や異常気象など、気候変動への危機感が世界的にも高まっています。
2019年9月の「国連気候行動サミット」に前後して、気候危機に対する社会の目立った動きがありました。簡単にまとめます。
ニューヨークで開かれた気候行動サミットで、国連のグテーレス事務総長は、気候変動はもはや「気候危機」であり「気候非常事態」だと発言しました。
世界ではこれまでに、対策に取り組む決意を表明する「気候非常事態宣言」をする国や自治体が出てきました。日本でも2019年9月に長崎県壱岐市が初めて宣言し、長野県や鎌倉市など複数の自治体が後に続いています。
市民の直接行動としては、2018年にイギリスで始まったExtinction Rebellionという不服従運動が知られています。気候変動が非常事態であるという認識を広め、対策の欠如に抗議するための、非暴力の抗議運動を各地で展開しています。
あえて逮捕者を出すことで注目を集める目的があり、運動に賛同した複数の著名人も逮捕されて話題になるなど、盛り上がりを見せています。
若い世代では、前述の「未来のための金曜日」が9月のサミットにぶつけて世界同時ストライキを敢行。世界全体で700万人以上の参加者が、気候変動の影響が若者の未来を奪っていると、対策を求める声を上げました。
日本の学術界では、2019年9月19日に日本学術会議が会長談話として、人類の文明が岐路に立っていることを表明する緊急メッセージを発表(※注5)しています。
官民さまざまな主体がそれぞれ、危機的な状況に対する声を上げ、時には行動を起こしています。
※注5 日本学術会議による「地球温暖化」への取組に関する緊急メッセージは、こちら(外部リンク/PDF)
[掲載日:2020年4月23日]
取材、構成、文・岩崎 茜(対話オフィス)
写真・山田晋也(地球環境研究センター 交流推進係)
参考関連リンク
●環境省「1.5℃特別報告書(政策決定者向け要約(SPM)の概要)」(外部リンク/PDF)
https://www.env.go.jp/press/files/jp/110087.pdf
●nature「Climate tipping points — too risky to bet against」(外部リンク/英語)
https://www.nature.com/articles/d41586-019-03595-0
●BioScience「World Scientists’ Warning of a Climate Emergency 」(外部リンク/英語)
https://academic.oup.com/bioscience/article/70/1/8/5610806
●IPBES「Global Assessment Report on Biodiversity and Ecosystem Services」(外部リンク/英語)
https://ipbes.net/global-assessment
●日本学術会議「「地球温暖化」への取組に関する緊急メッセージ」(外部リンク/PDF)
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-d4.pdf