東京スカイツリー×地球温暖化防止
「観光名所で二酸化炭素の観測始まってます」
はじめに
東京の新たなシンボルとして親しまれている“東京スカイツリー”。
観光名所としてたくさんの人が訪れるこの場所で、実は地球温暖化対策のための研究が行われていることは、ご存知でしょうか?
パリ協定で合意された「世界平均気温の上昇を、産業革命前を基準に2℃より十分低く抑え、さらに1.5℃未満に抑える努力を追求する」という目標を達成するためには、温室効果ガス排出量の大幅な削減が不可欠です。
そのためには、より正確なデータの採取や観測が必要となり、東京スカイツリーでは昨年3月から、二酸化炭素(以下すべてCO2)などの大気中の温室効果ガスと関連物質を調べる観測が行われています。
今回は、観測を担当している国立環境研究所の寺尾有希夫主任研究員にお話を聞き、東京スカイツリー観測の気になるあれこれを素朴な疑問とともにまとめてみました!
東京という大都市で観測する理由
東京といえば、世界でも有数の大都市のひとつですよね。
では、なぜそんな東京のこの場所で観測をする必要があるのでしょうか?その理由は、人の影響によるCO2排出量を観測するということにあります。
日本では、これまでも富士山や沖縄の波照間島、北海道の落石岬など、CO2や他の温室効果ガスを観測できる拠点がいくつかありました。
でも、これらは人の影響がないところでの観測となり、自然の変動を測るためのものでした。
都内で、しかも都心で測るということは、人がたくさん生活し、自動車が走り、工場があり、さまざまな人間活動が出しているCO2が混ざりあった、色々なインフォメーションが詰まった大気を調べることができるということなのです。
タワーで観測する理由
観測は、全長634mある東京スカイツリーの250m地点で行われており、基本的に大気の観測は山頂や塔の上など高いところで行われています。
その理由は、高ければ高いほどより広範囲の大気を観測できるから。
もちろん、あまりにも高すぎると人の影響が薄くなってしまう場合もあります。
今回の目的のように、人の影響によるCO2排出量を測る場合には、1㎞行かない高さでの観測が望ましく、東京スカイツリーの250m地点に観測機材を実際に設置することで本格的な観測を実現しています。
都市での観測が本格化した理由
世界的にも、都市でのCO2排出量をとらえるための観測が始まったのは、ここ数年の話になると言われています。では、なぜこれまでは測っていなかったのでしょうか?
人間活動によるCO2の排出量は、統計により出されており、石油や石炭をどれだけ使ったかという計算のもと算出されています。
そこで問題になってくるのが、そもそもその計算が合っているのか、ということ。日本の場合はそんなに誤差はないと言われていますが、中国などは15%ほどの誤差があるのではという話もあります。
そうなってしまうと計算だけで把握している数字と現実とはかなり変わってしまうため、人が出すCO2量についても、統計だけではなく、大気の観測からより正確に把握しようということになったのです。
ただし、これについてはまだ問題点も残っています。
都市で観測を行っているところは先進国が多く、統計自体が比較的しっかりしていると言われています。
そのため、まずはそういったところから大気観測を始め、観測結果と統計との数値がどれくらい合っているのかを確認することが始められています。
世界の有名な観測地点
東京スカイツリーのように都市にある有名な観測場所として、パリのエッフェル塔でも同じような観測が行われています。他には、アメリカのインディアナポリスやロサンゼルスなど。
インディアナポリスは、都市での大気観測を一番最初にケーススタディとして始めたところでもあります。都市内だけでも10か所以上の観測地点があり、40mぐらいの電波塔で観測しています。
また、国立環境研究所(以下すべて国環研)では、インドネシアのジャカルタ大都市圏でも観測を始めました。
パリのエッフェル塔、インディアナポリスの電波塔では、チューブを高いところに設置し、そこから空気を吸い取り地上で採取するという一般的な方法で観測が行われています。
東京スカイツリーの観測方法
では、東京スカイツリーではどのように観測が行われているのでしょうか?
東京スカイツリーの250m地点にはフロアがあり、国環研ではその中に観測スペースを設け機材を置いて観測しています。
実際の東京スカイツリー内にある観測スペース。左下に並んでいるのが、空気を収集するためのガラス瓶。写真中央は、話を聞いた寺尾主任研究員。
まず壁に空けた穴からチューブで空気を採取します。その後、2つの方法で観測を行っています。
1つは、現場に分析装置を設置して、その場の大気を分析装置に導入し、成分を分析する方法です。東京スカイツリーの観測現場では、CO2、メタン、一酸化炭素、そして酸素の濃度をリアルタイムで測ります。
もう1つは、ガラス瓶に大気を採取し、それを研究所に持ち帰って実験室で成分を分析する方法です。
空気は加圧することができるので、2.5リットルのガラス瓶ひとつに6リットルほどの空気を採取することができ、1本につき20分ほどで空気を集めます。
全部で12本のガラス瓶が設置されているため、1日の変動を観測したい時は、2時間おきに空気を採取することで24時間の観測を可能にしています。1日、1か月など、必要なデータに合わせて空気を集め、基本的には3~4日おきに12本のガラス瓶を交換、観測しています。
そして研究所に持ち帰った空気からは、さまざまな温室効果ガスの濃度を分析したあとにCO2だけを取り出す作業が行われ、そこから炭素同位体のさらなる分析が行われます。
壁にあけられた穴とチューブを通して、250m地点の空気を採取(外から見た様子)。
私達の暮らしへの影響
地球温暖化問題が取り上げられるようになり、私たちの生活や意識にも少しずつ“エコ”や“省エネ”という言葉が浸透している今。
個人単位でもさまざまな取り組みがされていますが、例えば、気温の上昇が緩やかになってきたなど、実際に目に見える問題解決のための実感というのを感じるのは難しいことです。
気の長い話ではありますが、今行われている対策の効果が出るまで、私たちが生きているかどうかもわかりません。
ですが、このような都心でCO2を観測すれば、私たちがこれまで地球温暖化対策として取り組んできたことで、CO2の濃度の増加具合が緩やかになってきたなど、その効果を数値として測ることができるかもしれないのです。
温暖化問題をめぐる排出量などのデータには不確かなものもあり、そんな中において大気中のCO2の濃度というのは現状を一番正確に把握することができる値だと言われています。
また、CO2濃度に加えて、炭素同位体や酸素濃度を観測することで、CO2がどこから排出されたのかを推定することができます。
東京スカイツリーでの観測を通して、少しでも私たちが取り組んでいることに意味がある、効果があるということが数値として確認することができれば、頑張って取り組んでいる私たちにとってもとても励みになりますよね。
東京スカイツリーでの観測では、そういったことを検証するのも最終目的のひとつとして掲げられています。
250m地点から見わたす東京の様子。
研究者からのメッセージ
[掲載日:2017年10月17日]
取材協力、写真提供:国立環境研究所地球環境研究センター炭素循環研究室 寺尾有希夫主任研究員
取材、構成、文:前田 和(対話オフィス)
参考関連リンク
●観測開始時に発表された、国立環境研究所のプレスリリース
「東京スカイツリー(R)で大気中二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガス観測をはじめました」