リチウムイオン電池の問題に見る、日本の資源循環システムの課題
はじめに
いま、リチウムイオン電池による発火・火災などの事故が増えています。
電車や飛行機、自宅などでモバイルバッテリーが発火するケースから、ごみ収集車・処理施設などでリチウムイオン電池が発火し、車や建物の火災につながるケースまで、その内容は多岐にわたります。
環境省によると、リチウムイオン電池が関連する発煙・発火を含む事故の発生件数は、ごみ収集車・処理施設だけでも年間21,751件(令和5年度、※注1)あり、この他も含めると相当数の事故が起きていることがわかります。
モバイルバッテリーやスマートフォン、ハンディファン(小型扇風機)など、私たちの身の回りのさまざまな充電式製品で使われているリチウムイオン電池ですが、暮らしを便利にしてくれている一方で問題も生じており、早急な対策が求められています。
これからもリチウムイオン電池を活用しつつ、うまく付き合っていくためにはどうしたら良いでしょうか?資源循環や廃棄物処理の専門家である、国立環境研究所の寺園淳上級主席研究員に話を聞き、対話オフィスが記事をまとめました。
リチウムイオン電池の問題を通して見えてくる、日本の資源循環システムの在り方について考えていきたいと思います。
※注1 環境省によるリチウムイオン電池の特設サイトはこちら(外部リンク)
リチウムイオン電池による事故と、その原因
リチウムイオン電池が原因とみられる火災事故で、とくに問題になっているのがごみ処理施設での火災です。
自治体の廃棄物処理施設におけるリチウムイオン電池起因の火災事故の被害額は年間100億円程度と推計されており(※注2)、施設の復旧には数か月以上の時間を要する場合もあるそうです。その間は施設でごみ処理ができないため、該当地域のごみ収集も数か月にわたり止まり、私たちの生活にも大きく影響します。
では、どうしてこのような事故が起きてしまうのでしょうか。
リチウムイオン電池は繰り返し充電して使える製品のほとんどに使用されていますが、その大部分が適正な処分がされずに一般ごみ(不燃・粗大)やプラスチックとして捨てられています。
不燃ごみの施設では集められたごみのほとんどが破砕処理されるため、そこに圧迫や落下などの衝撃に弱いリチウムイオン電池が混ざっていると、押し潰されることでショート・発火し、火災へとつながるのです。
※注2 国立環境研究所「自治体の不燃系廃棄物処理施設および小型家電リサイクル施設におけるリチウムイオン電池に起因した発火・火災対策に関する技術資料」は、こちら
実際のごみ処理施設での発火の様子。
動画「【リチウムイオン電池の捨て方】不燃ごみが燃えて大変!電気製品の捨て方に気をつけよう!」から。
具体的な品目ではモバイルバッテリーが一番多く、次いで加熱式たばこが挙げられています(※前掲注1)。
こうした製品は表面がプラスチックなどで覆われているため、一見して電池の存在がわかりにくく、消費者にとって捨て方や事故につながるリスクが見えづらい点が原因の一つとして考えられています。
例えば、手のひらサイズのワイヤレスイヤホンには全部で3つのリチウムイオン電池が内蔵されていますが(2つのイヤホンに1つずつ、収納する本体に1つ)、とても小さく、電池の存在をそこまで意識することはあまりないですよね。
施設によっては、そのまま捨てられてしまったリチウムイオン電池入りの製品を手選別で取り除く作業がされていますが、人件費がかかる上に、それでもすべて取り除けるわけではありません。また、調べられた範囲では選別をしている施設も半分程度に過ぎないとのことなので、混入による火災のリスクがとても高いことがわかります。
リチウムイオン電池が入っている製品を一般ごみとして捨てることは危険な行為であり、適正に処理をすることがとても大切なのです。
うまく機能していない回収システムも、大きな原因のひとつ
それでは、なぜリチウムイオン電池の回収はこんなに難しいのでしょうか。
リチウムイオン電池をはじめとする充電式電池(小型二次電池)は本来、『資源有効利用促進法』(※注3)という法律のもと、いわゆるメーカー責任として電池の製造業者、および電池を使用した製品の製造事業者らに自主回収とリサイクル(再資源化)が義務づけられています。
リチウムイオン電池の回収先として知られている「一般社団法人JBRC」(※注4)は、そんな製造事業者(メーカー)らによって構成されている団体です。ただし、処理費などは参加しているメーカー(約400社)らの会費によってまかなっているため、会員メーカーの製品のみ回収しているという落とし穴が。
また、この取り組みもとくに回収率の目標などがあるわけではなく、現在の法律上では、あくまで“自主回収”にとどまっており、実質的な“義務”とは言えない難しさがあります。実際、寺園さんたちの研究によるとJBRCによるリチウムイオン電池の回収率は現在10%以下とのことなので、この回収システムがうまく機能していないことがわかります。
こうした具体的な数字が出てきたことで、国の方でも法律を改正した方が良いのでは?という話になってきたそうですが、それにはやはり時間がかかりますし、火災など今すでに起こっている問題があります。
そうした流れを受け今年4月に、環境省から自治体へリチウムイオン電池を廃棄物として回収するよう通知が出されました(※注5)。これまで処分に関してはJBRCを案内していた自治体も、膨らんだような危ないものも含めてすべて回収してほしいといった方針が国から出たことで、突如、対応に追われることになりました。
寺園さんは、現状としてごみ収集にリチウムイオン電池が混ざってしまっている以上、短期的には自治体が対応せざるを得ないことについては理解を示しつつ、やはりメーカー責任を忘れてはいけないと、この問題の根本を指摘します。
「自治体が集めるということは、処理費用に税金を使って処分しているということ。もともとはメーカー責任のはずだったのに(JBRCによる回収)、こうして問題が起こっている流れのなかで、対応から費用まですべてのしわ寄せが自治体にいく形になってしまい相当な負担になっている。
短期的には仕方がないとしても、例えば、自治体による回収や保管などに伴う負担について、リチウムイオン電池や電池を使った製品のメーカー・輸入業者にもしっかり理解と負担をしてもらうなど、もっと長期的に考えていくことが必要です。また、自治体や消費者がわかりやすく効率的な回収ができるよう、国が分別回収のパターンを示すのが望ましい」。
※注3 資源有効利用促進法とは?
資源の有効利用を目指し、循環型社会を形成するために必要な3R(リデュース・リユース・リサイクル)の取り組みを推進する法律。
※注4 JBRCについては、こちら(外部リンク)
※注5 環境省「市町村におけるリチウム蓄電池等の適正処理に関する方針と対策について」は、こちら(PDF/外部リンク)
背景にある、日本の資源循環システムの課題
また寺園さんは、「そもそも自治体が不燃ごみなどを破砕処理しているというごみ処理の常識に相反して、衝撃や熱に弱いリチウムイオン電池が投入されるケースが新たに生じているにも関わらず、一方的に、自治体にばかり負担が押し付けられている。
欧州では電池などを一般ごみから隔離して、生産者の責任で回収・リサイクルする仕組みができているが、日本ではごみ処理の中に電池が位置づけられている使い捨て社会の構造が変わっていない」とし、この問題には、日本の資源循環システムの話が深く関係していると続けます。
日本の産業活動では、原材料となる金属など鉱物資源のほとんどを輸入に頼っていますが、それらが使われた製品の多くが廃棄物として処分されています。循環経済とは、そんないわゆる“都市鉱山”と呼ばれる廃棄物から有用な資源を取り出して再資源化し、さらに付加価値をつけていくことで持続可能な循環型社会を目指すものです。
2013年に施行された『小型家電リサイクル法』(※注6)もそうした制度のひとつで、使用済みの小型電子機器等に含まれている金属、その他の有用なものを資源化する取り組みとして進められています。
電話機、パソコン、電子レンジ、掃除機など、家電4品目(テレビ・エアコン・冷蔵庫・洗濯機 ※注7)を除くほとんどの家電製品が対象ですが、この取り組みもあくまで“促進型”のため義務ではなく、できる自治体ができる方法で実施しており、回収品目も自治体によって異なります。
回収していない品目の家電は、小型家電リサイクルの認定事業者と契約し有償で回収することの多い家電量販店などに消費者が自己負担で持ち込む(資源回収)か、不燃ごみとして処理(廃棄)することになります。リサイクルしようと思っても回収していない、しようと思ったら費用がかかるとなると、一番手軽な方法として不燃ごみに出す=資源循環の流れに乗らない、という選択がされてしまうのです。
また廃棄物の回収とリサイクルは基本的にお金がかかるため、自治体が独自に取り組むには限界があるのも事実です。
寺園さんは「資源回収に関する今の法律では、拡大生産者責任(※注8)が十分でないことが問題」としつつ、望ましい取り組みの形として、「将来的には、ヨーロッパのようにメーカー側が責任をもって、回収からリサイクルまで一緒に取り組んでいくような形にできれば」と話します。
ヨーロッパでは、基本的にはメーカーが電池を1本でも売ろうとした場合、その電池の回収ボックスの設置が必須ということです。そのため、そこにかかるお金をメーカーは商品代に含めて集めることで、回収とリサイクルの費用を捻出しています。これはリチウムイオン電池だけではなく、すべての電池に対して言えることだそう。
「もう1点、ヨーロッパでは新循環経済行動計画というのが2020年に発表され、そこでは家電、繊維製品、プラスチックなど製品カテゴリーごとにしっかり集めましょうと決められている。電池の場合は、回収率やリサイクルしたものをどれだけ使うといった目標が設定されており、日本と比べるとかなり先を行っている」
実際にベルギーのお店に置いてある電池回収ボックスの写真(寺園さん撮影)。
※注6 小型家電リサイクル法については、こちら(外部リンク)
※注7 家電4品目については、こちら(外部リンク)
※注8 拡大生産者責任とは?
生産者が製品の生産・使用だけでなく、廃棄やリサイクルの段階まで責任を負う(責任範囲を拡大する)という考え方。
循環型社会に向けて、メーカーと一緒に取り組むには?
メーカーとの協力が必要という視点では、製品自体をリチウムイオン電池が取り外しやすい設計にすることも重要なポイントです。
集められた電気製品にリチウムイオン電池が残っている場合、回収先のリサイクル業者などが取り出すことになるのですが、そこでまた費用がかかる上に、作業自体も結構な手間がかかるのだそう。
「その辺りを改善しようと、ヨーロッパではリチウムイオン電池を取り出し可能な設計にするよう制度に盛り込んでいます。それがどこまで有効かは未知数ですが、スマートフォンなどは取り外すのが本当に難しく、そうした構造の製品が増えてしまった流れを戻そうとしている。
日本でも設計に関する話はでているのですが、ひとまず回収率を定めなきゃというところまで決まっているような段階で、自治体の負担軽減につながるような大きな変化はまだまだです。多様なステークホルダーを巻き込みどう話し合っていけるか、悩ましい部分でもあります」
またリチウムイオン電池が製品から取り外しにくいという時点で、もはや電池だけをどうにかしたら良いという話ではなく、電池を含めた電気製品として考えるべき問題ともいえます。
電気製品の廃棄は、小型家電リサイクルとしてどう処理できるのかにもつながるため、先ほどのようにメーカーにも責任を持ってもらった上で、一緒に対応していくのが最も望ましい進め方です。
「リサイクルにまわせないものは不燃・粗大ごみとして処理してきましたが、リチウムイオン電池という破砕したらアウトなものが出てきたことは、ある意味、今の資源循環システムが十分機能せずに単にごみ問題になっていることの象徴とも言えます。普通のごみ処理で耐えられないようなものをメーカーが売っている責任や、ワンウェイ型の線形経済(大量生産から大量消費し、大量廃棄する一方通行の経済システム)を見直し、考えてもらうきっかけになればと思います」
おわりに
現在増えているリチウムイオン電池の発火、火災事故への対策としては、まずはJBRCや住んでいる地域の回収情報などを確認し、適切な処理をすることが第一ですが、これまでみてきたようにリチウムイオン電池だけの話ではなく、その背景にある日本のごみ問題とともに考えることが大切です。
こうした新しい問題の解決には、消費者、メーカーなど生産者、自治体に加えて、民間団体、学界など、社会を構成するさまざまな立場の人たちとの連携、協力が欠かせません。
これを機に、私たちの暮らしに大きく関連する日本の資源循環の課題について目を向け、一緒に考えていただけるとうれしいです。(終)
[掲載日:2025年12月23日]
取材協力:資源循環領域 寺園 淳 上級主席研究員
構成、文:前田 和(対話オフィス)
参考関連リンク
●環境省 リチウムイオン電池特設サイト(外部リンク)
https://lithium.env.go.jp/recycle/waste/lithium_1/index.html
●国立環境研究所「自治体の不燃系廃棄物処理施設および小型家電リサイクル施設におけるリチウムイオン電池に起因した発火・火災対策に関する技術資料」
https://www-cycle.nies.go.jp/jp/report/LIB_ignition_guideline.html
●一般社団法人JBRC(外部リンク)
https://www.jbrc.com/
●環境省「市町村におけるリチウム蓄電池等の適正処理に関する方針と対策について」(PDF/外部リンク)
https://www.env.go.jp/content/000307249.pdf
●環境省「小型家電リサイクル法 ~法律の概要・関係法令~」(外部リンク)
https://www.env.go.jp/recycle/recycling/raremetals/law.html
●経済産業省「家電4品目の「正しい処分」早わかり!」(外部リンク)
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/kaden_recycle/fukyu_special/



