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裁判で気候変動問題を解決?「気候変動訴訟」とは

はじめに


 法律の力で気候変動問題に対応しようとする動きが、「気候変動訴訟」として世界中で起こされ、注目されています。

 気候変動による影響や被害を受けることは「人権の侵害」である、あるいは気候変動対策が不十分であるなどとして、企業や政府などを相手に訴訟を起こす事例が増えています。

 気候変動訴訟とは?いま、どんな訴訟が起こっているの?課題は何?環境法が専門で、社会対話・協働推進オフィスのメンバーでもある久保田泉主幹研究員が、解説します。

気候訴訟をイメージした、判決の写真

気候変動問題に法の力で対応しようとする気候変動訴訟が増えている


1.気候変動訴訟とは


 気候変動訴訟とは、気候変動の緩和策、適応策、または気候変動の科学に関連する法律上または事実上の重要な問題を提起する訴訟を意味します。

 2020年7月1日現在、38か国(欧州連合の裁判所を含めると39)において、少なくとも1,550件(米国で約1,200件、その他の国で350件以上)の気候変動訴訟が提起されています。2017年時点での24か国、884件と比べるとほぼ倍増しています。

 気候変動訴訟が増加している背景には、以下の事情が考えられます。

①気候科学の知見の進展

②世界中で異常気象の頻発とそれに対する危機意識の高まり

③国際社会が目指す「パリ協定」の長期目標(世界平均気温の上昇を産業革命前と比べて2℃より十分低く、できれば1.5℃に抑える)と、国内の気候関連の法政策との間に大きなギャップが存在していること

④気候変動対策の議論において、訴訟が貢献できる余地のある国内対策に重点が移っていること


2.日本における気候変動訴訟


 日本でも、石炭火力発電所に関して、4件の裁判が行われています。

 そのうち、私人が私人を訴える「民事訴訟」が2件、私人が行政を訴える「行政訴訟」が2件です。訴えを起こされている発電所は3か所あります(仙台、神戸、横須賀)。

 詳細をみてみましょう。

火力発電所のイメージ写真

環境負荷が大きい石炭火力発電所の新設や稼働をめぐり、日本でも裁判が起こされている

(1) 周辺住民 (株)仙台パワーステーション

 2017 年 9 月、仙台市において、企業を相手取り、小型の石炭火力発電所である仙台パワーステーションの操業差止めを求める民事訴訟が提起されました。

 原告らは、石炭火力発電所を稼働することによって排出される硫黄酸化物や窒素酸化物などの大気汚染物質や、気候変動を引き起こすCO2の排出によって、原告らの生命・健康・身体及び湿地生態系に被害が及ぶと主張していました。

 第一審、控訴審共に原告らの請求を棄却しました。


(2) 周辺住民 神戸製鋼・コベルコパワー神戸第二・関西電力、周辺住民

 住民らは、2018年9月に、計画を進める事業者である神戸製鋼、その子会社のコベルコパワー神戸第二、電気を購入する関西電力に対して、石炭火力発電所の建設と稼働をやめるよう求める民事訴訟と、2018年11月に、国を相手取った環境影響評価書の確定通知(事業者が提出した評価書が「環境の保全について適正な配慮をしている」とするもの)の取消しを求める行政訴訟とを提起しました。

 現在、本件の民事訴訟は、①きれいな空気のもとで健康的に生きる権利(健康平穏生活権)が侵害されること、②将来の地球温暖化の影響リスクにおびやかされず、安定した気候のもとでくらす権利(安定気候享受権)が侵害されることを理由として提起され、神戸地方裁判所で争われています。

 行政訴訟については、原告の請求が一部却下、一部棄却されたため、原告らはこれを不服として大阪高等裁判所に控訴しています。


(3) 周辺住民

 2019 年 5月には、JERA(東京電力と中部電力の火力発電事業を担う合弁会社)が横須賀市において建設を計画している石炭火力発電所について、神戸と同様の行政訴訟が提起されました。

 本件は、東京地方裁判所で争われています。


3.世界の気候変動訴訟


 次に、世界ではどのような気候変動訴訟が起こっているのか見てみましょう

世界の主な気候変動訴訟[出典:一原(2021)を元に筆者作成]

(1) 環境NGO(アージェンダ Urgenda) オランダ政府

 2013年、オランダの環境NGOであるアージェンダがオランダ政府を相手取り、国の温室効果ガス排出削減目標を、1990年比20%削減から同25~40%削減に引き上げるよう求めて提訴しました。

 2015年6月、ハーグ地方裁判所は、気候変動はオランダと諸外国において人類と環境に深刻な影響をもたらすとして、国は危険な気候変動影響を防ぐためその国内において排出削減手段を取る義務があるなどとして、アージェンダの請求を認めました。

 2019年12月、オランダ最高裁は、「国は2020年までに少なくとも1990年比25%削減すべき」(既存の政府目標は1990年比20%削減)と命じたハーグ地裁及びハーグ高裁判決(2018年10月)を支持、オランダ政府の上告を棄却し、オランダ政府の敗訴が確定しました。

 オランダ最高裁は、気候変動問題において世界平均気温の上昇を産業革命前から最大2℃(より近時の知見によれば1.5℃)にとどめられなければならないことは、気候科学及び国際社会で広く合意されている前提であるとし、危険な気候変動による深刻な影響は、すべてのオランダ国民(特に若い世代)にとって既に現実で切迫した人権侵害であり、国には、実効性ある方策を講じて、このような重大かつ広範な人権侵害から国民を保護する義務があるとしました。

 そして先進国の一員として、オランダの2020年目標を、少なくとも1990 年比 25%削減とすべきと判断しました。

 オランダ政府の気候政策のウェブサイトでは、この裁判のことが記され、「この目標(2020年に1990年比25%削減)達成のため、引き続きあらゆる努力を行っていく」とされています。


(2) 若者グループ(Neubauer氏ら) ドイツ政府

 2020年2月、気候変動対策を求める「未来のための金曜日(Fridays For Future)」に参加する若者らが、2019年「気候保護法」の2030年目標(温室効果ガス1990年比55%削減)が不十分で、未来の自分たちの憲法上保障されている基本的権利を侵害していると、ドイツ連邦憲法裁判所に訴えました。

 2021年3月、連邦憲法裁判所は、温室効果ガスの削減目標を定めた「気候保護法」は、一部違憲との判断を示しました。同法では2030 年までに過大な温室効果ガスの排出を許しており、2031年以降のさらなる排出削減のための措置が十分盛り込まれておらず、基本法(憲法)に合致しないとしました。

 このため、2031 年から温室効果ガス排出実質ゼロまでの削減の道筋を、市民の“自由”にできる限り配慮しつつ、2022 年末までに法律によって規定することを議会に求めました。

 この判決を受けて、2021年6月、ドイツ政府は、温室効果ガス排出を実質ゼロとする時期を、2050年から2045年へ前倒しし、2030年目標を65%削減に引き上げました。

ドイツでデモを行うFridays For Futureの様子

デモをおこなうドイツのFridays For Futureの若者たち

(3) ペルーの農民(Lliuya氏) ドイツの電力会社(RWE社)

 2015年11月、ペルーのワラスに住む農民Saúl Luciano Lliuya氏は、ドイツ最大の電力会社であるRWE社を相手取り、近くにある山の氷河湖が溶けているのは、RWE社が故意に大量の温室効果ガスを排出して気候変動に影響を与えているからであり、責任があるとする「宣言的判決」と、損害賠償とを求める訴訟をドイツの裁判所に起こしました。

 Lliuya氏は、RWE社が気候変動の原因となる排出の一端を担っているに過ぎないことを認めた上で、彼とワラス当局が洪水対策のために負担することが予想される費用の一部(0.47%)を、RWE社に支払うよう求めました。0.47%の根拠は、世界の産業界の温室効果ガス排出量のうちRWE社が占める割合です。

 一審裁判所は、Lliuya氏の「宣言的救済」、差止命令による救済、および損害賠償の請求を棄却しました。裁判所は、RWE社が排出を停止してもLliuya氏の状況は変わらず、また、特定の温室効果ガスの排出と特定の気候変動の影響との間の因果関係の複雑な構成要素の中で、「連続的な因果関係の連鎖」を見極めることができないことを指摘しました。

 2017年11月、控訴裁判所はこの訴状を十分な根拠があると認めました。

 本件は、Lliuya氏の自宅が、(a)当該氷河湖の増水の結果、洪水や土石流の脅威にさらされているかどうか、(b)RWE社の温室効果ガス排出量がそのリスクにどのように影響しているかを判断するため、証拠開示段階に進むことになります。


4.気候変動訴訟の近年の傾向


 このように、世界では気候変動に関連付けたさまざまな訴訟が展開されており、その内容、結果もさまざまです。

 全体を通して、近年ではどんな傾向があるのでしょうか?国連環境計画の報告書によれば、近年の気候変動訴訟の傾向として、次の6点が指摘されています。

①生命、健康、食糧、水等の原告の、国際法及び憲法上の権利を含む基本的人権を侵害するような、緩和策の不十分さを認めるケースが増えていること

②主に政府による緩和策、及び適応策の実施が適切になされているかが争点となっていること

③特定の資源採掘や、資源に依存したプロジェクトに異議を唱えたり、プロジェクトの気候変動への影響を見落としていると原告が主張する、環境許認可や審査プロセスに異議を唱えたりするケースが増えていること

④特定の排出源と個別の気候変動による被害との間の因果関係を定義することが、訴訟当事者にとって困難な課題となっていること

⑤適応策については、被害や財産の損傷をもたらした適応策への補償を求めるケースと、既知の気候変動リスクに直面しながら適応策を講じなかったことに対する差止命令による救済を求めるケースがあること

⑥企業が気候変動の影響に関する虚偽または誤解を招くような情報を発信する「グリーンウォッシング(greenwashing)」、または情報の非開示を対象とするケースがあること


5.気候変動訴訟の課題


 気候変動訴訟の件数が増える中で、原告の請求が認められるケースも増えてきていますが、気候変動問題を裁判で解決するには時間もお金もかかりますし、困難を伴います。

 まず、裁判所がその件について判断を下せるのか、という問題(司法審査適合性)があります。どの国においても、裁判所は行政の裁量を広く認める傾向にあり、門前払いをされるケースが多くあります。

 また、原告がそもそも訴訟を提起する資格があるのか(原告適格)という、別の門前払いのハードルもあります。

 日本では、環境保全の利益を守るために、環境団体等が裁判を起こすことは認められていません。行政訴訟における原告適格も、極めて限定した範囲の人にしか認めていません。

 気候危機と呼ばれる状況の中、他国ではこれらが認められてきていることを踏まえ、日本でも、安定した気候を享受する権利を人権として認め、保障すると共に、それが侵害された場合に争える制度づくりをしていく必要があります。

 その他にも、気候変動による被害は、誰によってもたらされたものといえるか[上記4(4)]、個別の排出行為と、原告が受けるおそれのある被害との因果関係をどのように証明するか[上記4(4)]、賠償を求める範囲をどのように算定できるのか[上記4(1)、(3)、(4)]など、様々な論点があります。

 その中で、個別の極端な気象現象にどの程度、気候変動が影響を与えているのかを算定する研究(※注1)が進展しており、法的な因果関係の議論を進展させていくことが期待されます。

※注1 「イベントアトリビューション」といい、気象学会誌の解説はこちら(PDF/外部リンク)

希望をたくしたイメージ写真

訴訟が、安定した気候を享受する「人権」を守ることにも

[掲載日:2022年3月31日]
文:久保田 泉(国立環境研究所 社会システム領域 地域計画研究室 主幹研究員)

参考資料

●浅岡美恵(2019)世界の気候変動訴訟の動向.環境と公害 49 (1):31-36
●浅岡美恵(2020)【判決紹介】オランダ最高裁「危険な気候変動被害は人権侵害」 科学が要請する削減を政府に命じる(2020年2月)
https://www.kikonet.org/info/publication/Urgenda-climate-case
●一原雅子(2021)Urgenda Foundation v. State of the Netherland最高裁判決の意義とその背景-類似訴訟との比較.環境と正義217号33-36
●大塚直(2020)「気候訴訟に関する覚書-その可能性と困難性-」中村民雄編『持続可能な世界への法』(成文堂・2020 年)141-162頁
●気候ネットワーク(2019)今なぜ、気候変動「訴訟」?第1回 https://www.kikonet.org/kiko-blog/2019-07-26/3539#more-3539
●気候ネットワーク(2019)今なぜ、気候変動「訴訟」?第2回 https://www.kikonet.org/kiko-blog/2019-10-21/3663
●気候ネットワーク(2019)今なぜ、気候変動「訴訟」?第3回 https://www.kikonet.org/kiko-blog/2020-06-23/4057
●神戸石炭訴訟ホームページ https://kobeclimatecase.jp/
●コロンビア大学ロースクールSabin Center Climate Change Litigation Databases
http://climatecasechart.com/climate-change-litigation/
●島村健(2022)SDGsと気候訴訟.ジュリスト1566号49-55
●島村健、杉田峻介、池田直樹、浅岡美恵、和田重太(2021)日本における気候訴訟の法的論点 : 神戸石炭火力訴訟を例として.神戸法學雜誌71(2):1-88
●仙台パワーステーション操業差止訴訟ホームページ https://stopsendaips.jp/
●日弁連(2020)気候変動対策に関するプロジェクトチーム活動紹介 2020年2月14日開催日弁連シンポジウム「司法は気候変動の被害を救えるか~科学からの警告と司法の責任」報告書
https://www.nichibenren.or.jp/activity/human/enviroment.html
●森正人、今田由紀子、塩竈秀夫、渡部雅浩(2013)Event Attribution(イベントアトリビューション)天気60巻5号57-58
https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2013/2013_05_0057.pdf
●横須賀石炭訴訟ホームページ https://yokosukaclimatecase.jp/
●UNEP(2021) Global Climate Litigation Report: 2020 Status Review
https://www.unep.org/resources/report/global-climate-litigation-report-2020-status-review


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