市民と一緒に作る
「バードデータチャレンジ in 白河2017」
はじめに
国立環境研究所では2014年より、福島第一原発事故により設定された避難指示区域とその周辺において、無居住化等の環境変化が野生生物に与える影響を明らかにするために継続的な調査研究を実施しています。
鳥類については野外で録音した音声データに含まれる鳴き声を目印にして、出現した種の変化を調べています。
気軽に立ち入ることが難しい避難指示区域という場所で研究を行うにあたっては、社会に開かれた形で研究活動を進めていくことがこれまで以上に重要です。
市民参加型イベント〝バードデータチャレンジ〟は、録音調査に際して日ごろ実施している、「音声データを聞いて出現した鳥の種類を記録する」ということを鳥類愛好家の皆さんとの協働のもとで実施し、参加者と対象地域の鳥類の現状について情報共有を図るとともに、社会に対する研究活動の透明性を向上するための試みです。
このような市民参加型の研究活動は、「シチズン・サイエンス」と呼ばれます。
イベントにおいては、参加者の方が対象地域の鳥類の現状について理解を深めることができるよう、記録したデータをその場で地図化するためのコンピューターシステムを活用するなどの工夫をしています。
今年は、10月14日に日本野鳥の会白河支部と国立環境研究所(以下すべて国環研)の共催で、「バードデータチャレンジ in 白河2017」の開催が予定されています。
国環研の生物・生態系環境研究センター深澤圭太主任研究員と三島啓雄准特別研究員にお話をうかがいました。
市民と一緒に行うバードデータチャレンジ
このイベントの特徴は、何と言っても鳥類愛好家や鳥に関心がある方なら誰でも参加できる、市民参加型であること。
その大きな目的は、参加者の皆さんと一緒に作業することにより、モニタリングデータの透明性を確保するということです。
〝みんなで作った、みんなが使えるデータ〟をテーマに、モニタリングデータの透明性・信頼性を高め、福島県の避難指示区域の内外の鳥類についての情報共有、さらには今後のモニタリング継続のための技術の共有や向上を目指します。
3年前にバードデータチャレンジが始まった当初、データをオープンにしていこうということだけが決まっていて、イベントという形でどのように進めていくかなどの具体的なことは決まっておらず、ほとんど手探り状態の中からスタートしました。
その中で深澤さんが一番気をつけたのは、参加者の方に〝どういう風に伝えるべきか〟ということだったそうです。
普段は研究者同士で一緒に作業するため、意識をしないとつい専門用語を使ってしまい、聞き手を置きざりにしないように伝えるのが難しかったと話します。
あとは、何よりも楽しんでやってもらうということ。
会場全体で連帯感を持ってできる、ワイワイとした雰囲気が大切だと考え、試行錯誤しながらもみんなで楽しくできることを心がけているそうです。
聞き取ったデータを地図で視覚化し、社会にフィードバック
バードデータチャレンジでは、福島県内の避難指示区域内とその周辺の57箇所に設置された録音機で得られた音声から鳥の鳴き声を聞き取って種を判別します。
録音は鳥の活動が活発な5~7月頃に毎朝20分実施され、1分を基本単位としています。このイベントでは、全調査地点で少なくとも1分ずつの聞き取りを行うことに挑戦します。
聞き取りにより判別したデータは、国環研が独自に開発したWebシステム『SONO-TORI』にその場で入力し、鳥の分布を地図化したものが会場のスクリーンにリアルタイムで投影されます。
参加者同士が情報共有しやすいのはもちろん、自分が判別した結果をその場ですぐ確認できることも、このイベントの醍醐味だと深澤さんは話します。
会場で投影される分布地図の一例。種の分布を地図化して表示する。Leaflet / Maptiles by MIERUNE, under CC BY. Data by OpenStreetMap contributors, under ODbL.
〝みんなで作った、みんなが使えるデータ〟であるからには当然のことですが、バードデータチャレンジで得られたデータは、国環研で独自に種を記録したデータと合わせて、研究者だけでなく、誰でもアクセスや利用が可能なオープンデータとしてWeb上で公表されています。
現時点では2014年のデータが公開されており、それ以降のデータについても今後追加していきます。
また、データを直接扱うことが難しい方でもデータの様子を知ることができるよう、『KIKI-TORI Map』というWebサイトで種ごとの分布地図を公開しています。
『KIKI-TORI Map』では、調べたい鳥の種名を選択すると、その鳥が福島県内のどこで、どのぐらいの割合で確認されたかが地図上に表示されます。
帰還困難区域や居住制限区域などのエリアは色別で表示され、地図もモノクロの白地図から航空写真などさまざまなスタイルで確認することができます。
また、『KIKI-TORI Map』で表示される地図は、適切なクレジット表記をすれば再利用可能なものを使用しているので、地図表示画面をスクリーンショットなどでそのまま画像化し、資料として誰でも簡単に使えるようになっています。
『KIKI-TORI Map』の開発に携わった三島さんは、データをわかりやすく可視化し、利用しやすく公開することを第一に考えたと話します。
『KIKI-TORI Map』の様子。写真では「キビタキ」の2014年の生息分布を表示。Maptiles by MIERUNE, under CC BY. Data by OpenStreetMap contributors, under ODbL./Photo by A. Haga
鳥の鳴き声には、大きくわけて2種類があります。
ひとつは、私たちもよく耳にする“さえずり”。そしてもうひとつが、仲間に危険や自分の位置を知らせるための“地鳴き”というもの。
例えば、ウグイスの代表的な鳴き声『ホーホケキョ』はさえずり、地鳴きは『ジェッジェッ』という鳴き声になります。
バードデータチャレンジで録音されている鳴き声の多くはさえずりとなり、求愛や縄張りの宣言を意味するとされています。
それぞれに楽しめるふたつのクラス
コースはチャレンジクラスとビギナークラスのふたつがあり、それぞれ5~6人ほどどの班に分かれて実施します。
チャレンジクラスでは、愛好家の中でも特に鳥に詳しいベテランの方たちが集まって録音された音声をそれぞれ判別していき、ビギナークラスでは、一般の方や野鳥の会に入ってまだ日が浅い方などが、上級者の指導のもと音声の判別を行っていきます。
ここでは鳥の鳴き声の識別能力を高めるという目的も含まれています。
ビギナークラスでは、始まる前に音声から種判別をするためのレクチャーも。
会場も、ふたつのコースに分けて行われます。
チャレンジクラスでは、参加者の方が黙々と作業を進めていき、最後に地図化したものを見ながらワッと盛り上がったり、またビギナークラスでは、上級者の方がリードしながら、ここに何がいるねといった風に情報を共有しつつ、和やかな雰囲気の中で一緒になって進められていました。
入力はすべてタブレットで。グループ内で種判別を検討し、そのままデータベースへ登録。
鳴き声の聞き分けで、一番正解率が多い鳥は何だと思いますか?
正解はスズメ。やはり私たちの生活と身近な鳥は鳴き声を聞くことも多く、モニタリングの中でもわかりやすい鳥になるそうです。
ではその反対に、判別が難しい鳥は?それはカラスなんだそうです。
カラスは、ハシブトガラスとハシボソガラスの2種がいるため、このふたつの聞き分けは専門家の方でも苦戦されるそう。
バードデータチャレンジを通して得たこと
福島県東部では、鳥類だけでなく哺乳類やカエル、昆虫など、さまざまな生物のモニタリングを実施し、災害のための避難指示指定により人が住まなくなったことで、生物にどんな影響があるかを調べる調査が進められています。
その中でも、鳥類という分類において市民参加型のイベントを実施しているのには、理由があります。
ひとつは、鳥類は他の生き物に比べて分類や種ごとの生態の研究が詳細に行われており、環境変化の指標として適しているということ。
そしてもうひとつは、普通に外を歩いていれば見ない日がない程、鳥が人にとって身近な存在であり、愛好家の方が多いということ。
バードデータチャレンジは日本野鳥の会の福島県内連携団体との共同開催で行われており、活発な愛好家グループの協力があってこそ成り立つイベントだと深澤さんは話します。
こうして活動されている方たちと交流することで新たなネットワークが生まれ、新しい研究の方向性が見えてくるなどの良い収穫がある一方、今後の問題点や課題などもわかってきました。
深澤さんは研究者ということもあり、これまでは全国的に取られていたデータを使って研究していました。
しかし、実際にこうしたイベントを経験すると、そのデータの背後には、それぞれの地域で長いことデータを取るために頑張ってきた方がいて、その方たちのおかげでデータが存在するということを改めて認識したそうです。
データを集めている現場の方たちと実際に接することで、そういった活動を後押ししていくための研究の方向性がより具体的にイメージできるようになったと話します。
また、三島さんは昨年開催されたバードデータチャレンジで、郡山市内で20年以上カッコウの生息状況を調査している日本野鳥の会郡山支部のメンバーと出会い、地図への入力などをすべて手作業で行う大変さから“もうやめよう”と思ったこともある、との話を聞きました。
20年という長い期間にわたる調査記録は、非常に貴重なデータです。それを、続けたいのに労力が原因でやめてしまうというのはあまりにも惜しいということで、もっと楽に調査ができる方法があるのでは、とお手伝いをすることになったといいます。
生態学の研究では、こういった野生生物愛好家の方が記録したデータが多く使用されていますが、その作業を楽にする支援もデータを蓄積する上では大切なことなのだと気づかされたそうです。
市民参加型で行われるこのイベントは、こうして直接市民の方と触れ合い、お互いのことを知り、協力し合うことで、今後の課題を解決しながら生物調査の発展をうながす大切な場所にもなっているんです。
最後に、おふたりからのメッセージをご紹介します。
[掲載日:2017年10月12日]
取材、構成、文・前田 和(対話オフィス)
参考関連リンク
●国立環境研究所「KIKI-TORI Map」
http://www.nies.go.jp/kikitori/contents/map/index.html