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これまでの活動

2019年度所内セミナー報告
「環境問題をどう伝えるか?漫画を使った市民との対話」

はじめに

 社会対話・協働推進オフィス(以下、対話オフィス)は、「よりよい対話のあり方」について考える所内セミナーを定期的に開催しています。

 2019年度最初のセミナー(5月30日)は、京都大学名誉教授で、環境漫画家の高月紘さんをお招きし、社会との対話をテーマに講演していただきました。

 廃棄物管理の研究者、そして環境漫画家(ペンネーム:ハイムーン)の二足のわらじをはいてこられた高月さん。漫画というツールを使って環境問題を市民に広めてこられたキャリアは、半世紀近くにおよびます。

 講演では、漫画家としての歩み、京都市での市民との協働活動、そして、国立環境研究所への期待という3つのテーマでお話いただきました。

 高月さんの長年の取り組みには、よりよいコミュニケーションのための様々なヒントがあります。そのポイントをまとめました。

【なぜ漫画を?】
・環境漫画/市民に環境問題を考えてもらうツール
・対話型鑑賞法/作品めぐり意見出し合う

【社会との協働の課題】
・環境リーダーの育成/無関心層への働きかけ
・行政主導から市民推進型へ

【国立環境研への注文】
・研究成果を社会に発信を
・橋渡し役(インタープリター)を育てよ

 では、高月さんの講演、参加者とのディカッションを紹介します。科学と社会のむすびつきを考える際の参考にしていただければと思います。

当日の会場の写真

当日の会場の様子。研究者からスタッフまで、多くの参加者が集まった。

なぜ漫画?

 高月さんは1941年6月生まれ。廃棄物管理、環境影響評価、環境教育などが専門で、京都大教授、石川県立大学教授、廃棄物学会会長を歴任し、現在は京(みやこ)エコロジーセンター館長を務めています。

 プロの環境漫画家ハイムーンとしては、海外でも作品を発表してこられました。これまでに発表された作品は数百点にのぼり、高月さんのホームページ「ハイムーン工房」(外部リンク)に掲載されています。

 環境問題を素材に漫画を描くきっかけは、1970年代の、京都市での空き缶問題だったといいます。自動販売機の普及に伴うポイ捨て問題の解決策の議論を通して、「一般市民に問題を理解してもらう」目的で、漫画でこの問題を書き始めたとのことです。

高月さんのスライド

セミナー当日の高月さんのスライドより。

 「漫画家になる」との小学生のころの夢をすてがたく、大学では美術部で漫画を描き続けて筆の腕を磨いていたことが、環境問題への取り組みで生きました。

 環境漫画家として、本格的な歩みが始まったのは1982年。雑誌「月刊廃棄物」の一コマ漫画の連載「ゴミック『廃貴物』」を開始しました。

 「貴重なものをみんな捨てているんですよと言いたくて名付けた」と高月さん。この連載は40年近くを経て今も続いています。

高月さんのスライド

セミナー当日の高月さんのスライドより。

 また名古屋市の市民団体の機関紙への執筆、環境漫画展への出品などの活動を重ねるうち、日本漫画家協会に加盟、「プロ」を名乗るようになったそうです。

 高月さんの作品は、英仏伊などの雑誌に紹介され、特に、中国、韓国からの依頼が多いそうです。その実績から、2000年にはISWA(国際廃棄物協議会)から出版賞を受けました。

 漫画ワークショップにも取り組んでいます。近年力を入れているのが「対話型鑑賞法」。ワークショップの参加者に、キャプション(説明)なしの作品をまず見てもらい、「何が描かれているか」を想像してそれぞれが語り合うスタイルです。

 講演でも、この鑑賞法を試みました。下のイラストについて、会場の参加者から意見を求めました。

高月さんのイラスト

参加者A
「このお金をあげるから、その魚をくれないか」との提案に、寝転がっている人が「そんなもの意味がないからいらん」と答えた。

参加者B
「このお金をあげるから、この島を丸ごとちょうだい」と言っている。

 高月さん自作のキャプションはこちらです。
「どうです、この土地を売りませんか?一生のんびり暮らせますよ」

 「のんびりできますよ、と言われても、寝転がっているひとは、もうすでにのんびり暮らしている」という皮肉を描いたと説明。「私のキャプションは正解ではない。それぞれの見方を出し合い、対話することで、作品に対する深追いができる」と高月さんはいいます。

社会との対話

 高月さんが紹介したのが、1979年に始めた京都市家庭ごみ細組成調査です。高月さんの研究室の取り組みで、この調査の経験が、市民と協働してのごみ減量の取り組みや、環境教育の活動につながりました。

 細組成調査は毎年秋に、京都市内の家庭数十世帯を対象に調査し、食料品、使いすて商品、容器・包装材などに仕分けし、ごみ組成比率の図を作成しました。

使用用途別ごみ組成のグラフ

セミナー当日の高月さんのスライドより。

 容積比(棒グラフ右端)は、容器・包装材の比率が非常に高いことを示すデータとして注目され、「容器包装材のリサイクル対策の議論で、この組成調査が活用された」とのこと。

 さらに、細組成調査では、食品ごみ(厨芥類)の分析(下図)も成果を上げたといいます。

厨芥類を分析したグラフ

セミナー当日の高月さんのスライドより。

 この円グラフで、右側の緑色が「調理くず(野菜や果物の皮など)」、左側のピンク色が「食べ残し」です。特に赤色が「手をつけていない食品類」で未開封のパック食品など。現在、注目される食品ロスのデータです。

 家庭ごみ細組成調査は現在も続き、様々な法制度の基礎データとして利用されています。

 そして、暮らしの現場での経験の積み重ねを経て、市民と協働する2つの活動が誕生しました。京都市ごみ減量推進会議と、京エコロジーセンターです。

 いずれの活動も高月さんが中心となり発足しました。「社会との対話の象徴的事業」と高月さんが位置付けるのが、京都市ごみ減量推進会議(以下、ごみ減)です。

 1996年に発足し、ごみの減量を目的に事業者(会社、工場、商店など)、市民、行政が共同で活動する組織で、現在は事業者、市民団体、京都市など約500の団体会員がおり、さらに、地域ごとの組織が約200団体になります。

 地域でのごみ減量活動(廃食油や古紙の回収など)とともに、力を入れているのが「市民公募型パートナーシップ事業」です。毎年10数件を採択していて、これまでの実績は、廃材利用のストーブ活用、リユース食器のイベント使用などで、市民からの提案に財政面で後押しをするスタイルを進めています。

 京エコロジーセンターは、1997年に、地球温暖化の国際会議COP3が京都で開催されたのを記念して発足しました。温暖化防止やごみ減量などをテーマに環境教育・環境学習センターとして活動を続け、来館者は年間約10万人にのぼります。

 このセンターの運営も、パートナーシップがポイントです。市民団体、事業者、研究者らによる委員会が運営方針を決め、スタッフ約30人とともにボランティア約200人が活動を支えます。

環境対策の「主役交代」

 社会との対話で、高月さんが課題として提起されたのが、「環境意識のレベル」という点でした。このテーマでも漫画の作品があります。

高月さんの漫画

 「環境意識のレベル」という階段があり、環境運動や講習会、ワークショップに参加している人たちはどんどん登っていきますが、では、階段下のフロアにいる人たち(環境への無関心層)にどう働きかけるか。

 京エコロジーセンターは、無関心層を対象にした活動に力を入れているそうです。同時に、最近は、階段を上るグループを活用することにも力を入れているといいます。

 エコロジーセンターでは温暖化、ごみ減量、フロン問題などさまざまなテーマで学習会、ワークショップを実施し、その際に、階段の上段にいるグループにボランティアとして教える側で参加してもらいます。この活動を通して、ボランティアの人たちを、様々な活動を引っ張る「環境リーダー」に育てていくのがねらいです。

 同時に高月さんが強調するのは、環境対策での「主役交代」です。

 かつては、行政が「CO2を削減しなさい」「ごみを減量しなさい」と指示していましたが、「最近は様子が変わってきた」と高月さん。

 「市民や事業者が、自発的に取り組むケースが増えたと実感する。行政は、その後押しをすることが求められている」。それだけに、地域での「環境リーダー」の大切さが高まっているといえます。

高月さんの写真

講演中の高月さん。

 そして、「環境リーダー」育成をめざす活動として3R・低炭素社会検定試験(※注1)事業にも乗り出しました。

 スタートは2008年。3Rは、ごみを減らす=reduce、再利用=reuse、リサイクル=recycleのこと。ごみ問題や低炭素社会に関する基礎知識を身に着けてもらうねらいで、全国各地の環境NPOや研究者らと協力して実施し今年が12回目、これまでの合格者が約8000人になります

 「合格者がさまざまな場所で、自分たちの活動を作ろうとしている」と高月さん。京都市の「ごみ減」やエコロジーセンターも、合格者の活躍の場になっているといいます。

 「なんのために社会と対話するのか」について、高月さんは「人づくり」を強調します。「環境保全対策で一番重要なのは、市民が当事者意識をもって活動してくれるかという点」。ごみ問題、温暖化問題が自分につながっているということに気づき、実際の行動に踏み出してもらう。そういう人材を育てる活動に長年取り組んできたといいます。

 「その人たちが中心になり、地域のエコ・コミュニティーがどんどんできていってほしい」。それが高月さんの願いです。

※注1 今年は11月10日に8会場で開催予定。詳しくはこちら(外部リンク)

国立環境研究所への期待

 高月さんは、かつて独立行政法人評価委員会の国立環境研究所部会の委員をされていました。

 部会での議論では、研究内容については高い評価が出る一方で、「研究成果の社会還元が十分ではない」「わかりやすいコミュニケーションが必要ではないか」という意見が相次いだとのことです。

 それらの意見をふまえて高月さんは、「一般市民との対話を担う、解説者(インタープリター)が国環研にどれほどおられるか」と問題提起しました。専門家と一般市民の間に立ち、科学的知識を、関心のある市民に理解させ、さらに主体性を引き出す役割が重要だというのです。

高月さんのスライド

セミナー当日の高月さんのスライドより。

 具体例として紹介したのが、香川県の豊島事件での「豊島廃棄物管理委員会」。豊島事件は大量の産業廃棄物が1970年代から不法に投棄された事案です。この管理委員会は20数年続いており、いまは廃棄物の撤去作業が適切かどうかなどを中心に、住民団体、行政、学識経験者が点検しています。

 その委員会の会合には住民約100人が傍聴に訪れます。長年にわたり苦しんできた不法投棄問題なので、撤去作業への関心は高く、傍聴人から意見を聞く機会もあり、審議は緊張感に包まれているといいます。

 この委員会では、廃棄物処理の専門家が住民団体に対する説明役を果たしています。長い間、不法投棄問題の解決に立ち向かった市民でも、複雑な専門家の議論をいきなり理解するのは困難な面があり、説明役による橋渡しが肝心。説明役の働きで、住民の理解度があがり議論が深まる、とのことです。

 環境対策では、科学と、NPOや行政とのパートナーシップが大切で、そのためにインタープリターの役割がいっそう求められます。「こうしたインタープリターの存在についての研究を、国環研にはもっと取り組んでもらいたい。」と高月さん。

 さらに「社会システム、ライフスタイル、環境教育などソフト面にも力を注ぎ、パートナーシップの構築にいっそう貢献してほしい」と講演を締めくくりました。

 いずれの活動も高月さんが中心となり発足しました。「社会との対話の象徴的事業」と高月さんが位置付けるのが、京都市ごみ減量推進会議(以下、ごみ減)です。

参加者との質疑応答

 講演には、所内のスタッフのほか、高月さんとともに環境問題に取り組まれている市民団体の皆さんも参加され、質疑に加わりました。

京都は日本有数の観光地で、海外からの観光客も多い。ごみ問題はどうか?東京でも来年のオリンピックで環境客が増えると予想され、関心がある。

高月さん:京都で観光ごみ対策審議の委員長として、長年、取り組んでいる。海外からの観光客が激増し、ごみ出しルールが守られないなど大きな問題になっていて、さまざまな取り組みをしている。

 お祭りのようなイベントで、観光客をいかにコントロールするかという策を実行している。

 例えば、「祇園祭りごみゼロ大作戦」が4年前から始まり、屋台の人たちと協力して、再利用(リユース)の食器を使ってもらうとか、多くの学生ボランティアを手配して観光客にリユース食器を呼びかけるなどして、結構、効果があった。大阪の天神祭りでも同様の取り組みを始めたと聞く。

 ただ、決め手になる解決策はなく、いろいろと模索するしかない。海外からの観光客の増加は、全国各地の共通の課題なので、京都の取り組みを全国に発信していきたいと思っている。

京都市は2050年に二酸化炭素の排出を実質ゼロにすると宣言した。実現できるか?

高月さん:市の職員は「ハードルは高い」と言っている。

 でも、これまでも市内の交通量規制などで、企業に対し二酸化炭素排出の削減を求めていて、排出量は減ってきている。

 京都市内でタクシーに乗ると運転手からものすごくぼやかれる。「京都は、車ではいけへんな」という風に、市民が口にするようになってきて、車の台数は減った。2050年の目標は大変だが、がんばるしかない。

環境に無関心な人に考えてもらおうとすると、どうしても説教くさくなり反発されるのではないか。そういう障害が、漫画を使うことで解消されるか?

高月さん:子どもには漫画に塗り絵をすることで、環境のことを理解してもらう試みもしている。

 工作づくりも試している。手を動かしながら、市民と対話することで、関心のなかった人も少しずつステップアップしてもらえるのではないか。

 漫画はいろいろに使えるツールだと思う。

漫画を描くとき、一番気をつけていることは何か?

高月さん:私のアイデアを絵におとしたときに、読者に素直に受け止めてもらえるかどうか。読者に、どれくらいのインパクトを感じてもらえるかに配慮する。

 描くときに、見る人の視線で一度見直してみるという作業は、結構、しんどいですが、やはり必要。

 また、私の課題は、漫画にキャプション、つまり、説明書きをつけていること。本来は、キャプションなしでその絵を見たらすべてが理解できるというのが理想的な漫画だ。私はまだそこまで到達していない。

科学技術がどんどん進み、どこまでいくのだろうと不安になる。どうすればいいのか、行政に任せるのではなく、大多数の市民が力を持ち、私たちが厳しい目をもって発言しなければいけないと考えた。(市民団体参加者より)

高月さん:研究活動で、市民の意見をいかに尊重できるかというのが課題で、それを真剣に考える必要があると思う。



 漫画という親しみやすいメディアを通して、市民をひきつけ、環境問題にとりくむ活動に結びつけていく。その様子を、高月さんは楽しそうに語られ、笑いに満ちた、肩のこらないセミナーになりました。(終)

高月さんの写真

参加者と笑顔で言葉を交わす高月さん。

当日の会場、ハイムーン作品の紹介

 講演会場では、高月さん(ペンネーム:ハイムーン)の漫画作品や、著作を紹介する展示会も開催。参加者が熱心に見入っていました。

作品を展示した会場の様子

当日の展示会ブースの様子。カレンダーの原画が展示された。

 数百点におよぶ作品は、高月さんのホームページ「ハイムーン工房」(外部リンク)に掲載されています。

 そのなかから、高月さん自選の代表作などを紹介します。

「食物の安全教室」
プラスチックがあふれた海で、エサとプラスチックの見分け方について学ぶ魚たちの漫画

プラスチックゴミ問題の海洋汚染はいま、注目されているが、この作品は約20年前に描いたもの。「動物を主役にするのは、得意な手法」と高月さん。

「プラスチックの海」
マイクロプラスチックの問題を描いた漫画

使い捨てプラスチックの使用禁止などの近年の動きを一枚にまとめた作品。漫画を描くのは、「その時々の動きを多くの人に知らせて、行動のきっかけを作ること」。

「海の逆襲」
プラスチックの使用禁止を、海が逆襲する構図で表現した漫画

所内スタッフから一番人気だったこの作品。「リサイクルの限界とリデュースの重要性を、物質収支の概念とともに伝えられる傑作」、「大量消費という本質的問題が、リサイクル・分別の問題であることにすり替わってしまうことを見事に表現」との意見が寄せられた。

「元栓を閉めた方が早道じゃないのか?」
リサイクルも大事だけど、大量消費という本質的な問題の解決が先では?と訴える漫画

ゴミ問題そのものだけではなく、その背景にあるライフスタイルもテーマに。「自分で時間を活用できる暮らしをしてみませんか、と提案したかった」と高月さん。

「豊かなライフスタイル」
「時間」と「物」、どっちを持っていることが豊なのか。ライフスタイルを問う漫画

海外から『使用したい』との注文が多いという。高月さんは「地球からの恩恵がいつまでもつか、世界に不安が広がっている」。

「いつまで持続できるか?」
地球の恩恵と豊かな暮らしを両天秤にかけ、その重要性を問う漫画

「地産地消と再生可能エネルギーを使うスタイルが、これからの社会なのでは」と高月さん。

「持続可能な社会とは?」
地産地消、再生可能エネルギーの暮らしを描いた漫画

「コントロールしにくいことがどんどん進みだしていく。本当に人間のための社会になるのか、ということを考えさせられる」(高月さん)。

「技術への過信から脱却を!」
アナログな世界と技術の進化がもたらした物を比較した漫画

当日の会場の様子。研究者からスタッフまで、多数の参加者が集まった。

「地域自給が未来を開く」
地域自給の大切さをイラストで描いた漫画

「食料とエネルギーと福祉を地域で自給できる仕組みが実現してほしい」(高月さん)。


[掲載日:2019年7月11日]
取材、構成、文・冨永伸夫(対話オフィス)
写真・成田正司(企画部広報室)

参考関連リンク

●高月さんホームページ「ハイムーン工房」(外部リンク)
https://highmoonkobo.net/

●「3R・低炭素社会検定」(外部リンク)
https://www.3r-teitanso.jp/


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