気候変動を、科学が語る、哲学が問う
サイエンスカフェ「気候変動の科学×哲学」開催報告
はじめに
気候変動問題について、自然科学と哲学という異なる分野から掘り下げ、考えるサイエンスカフェが(主催:日本学術会議)、11/16(金)に文部科学省情報ひろばで開かれました。
タイトルは、ずばり「気候変動の科学×哲学」。
“科学”から語るのは、当研究所地球環境研究センターの江守正多・副センター長。“哲学”からは、国や時代を超えた範囲での「正義」を研究している京都大学の宇佐美誠・教授が登壇しました。
前半は、二人が互いに3つずつ質問を投げ合うスタイルで話題提供が行われ、後半は参加者が二人に質問をぶつけました。
終了時刻を超えるほど質問が相次ぎ、質問と答えの応酬に会場も熱を帯びました。
40人超が参加し、二人の“競演”に聞き入った。
ちなみに、このサイエンスカフェの案内チラシがこちら。
“科学”と“哲学”がそれぞれ何を語るのか、さっそく当日の様子をご紹介します。
第1試合:科学×哲学
まず、江守さんと宇佐美さんが互いに、異なる分野から投げられる直球にどう応じたか。
当日はスライドもなしに、相手の質問に対して言葉だけで答えていきました。参加者も聞き漏らさないようにと必死なら、二人も分かりやすく伝えようと言葉を尽くし、互いに力が入ります。
その様子をダイジェストで紹介します。
ラウンド1!
江守さんは、気候変動の「原因」と「フィードバック」を分けて、説明を始めました。
二酸化炭素が増える、火山が噴火するなどは「原因」になり、それを受けて起こること、たとえば氷が溶けたり水蒸気が増えたりすることが「フィードバック」です。
さらに、「原因」には人間活動に関係がある/ないがあり、関係がないものは、火山の噴火や太陽活動の変動など。関係がある原因は、温室効果ガスが増える、森林伐採により地面の日光反射率が変わる、などです。
では、今の気候変動の「原因」は?特に20世紀後半以降、長期的な傾向として世界の気温は上昇しています。
江守さんによると、この上昇が何によって説明できるかをコンピュータシミュレーションで調べると、人間活動の影響を抜きに計算した場合、観測された気温上昇が再現されません。
一方で、人間活動によって大気中の温室効果ガスが増えたというデータでシミュレーションを行うと、観測された気温上昇と整合する温度上昇が得られます。
つまり、人間活動による温室効果ガスの増加を勘定に入れないと、実際の気温の上昇が説明できないのです。
このことから、「20世紀後半以降の長期的な世界平均気温の上昇傾向の主な『原因』は、人間活動による大気中の温室効果ガスの増加である」と江守さん。
世界の専門家集団によるIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の報告書では、人間活動による影響である「可能性が極めて高い(95%以上)」という言い方がされていることも補足しました。
宇佐美さんは、「『自分のことじゃない』という答えは、短いスパンで考えると確かにそうでしょう」と。
ただ、もう少し先、20代の人があと70年生きたとして、その時に日本がどうなっているか考えると、「本当に自分のことじゃないと言えるのか?」と、長いスパンで考える視点から疑問を呈しました。
例として、気温が現在よりも数度上がり海面上昇が起きれば、この日の会場である虎ノ門(海抜9メートル)が海に沈む可能性を挙げました。
将来は日本も気候変動に対して脆弱な国となるかもしれません。特に日本では海に近い平野に多くの人が住んでいるため、海面上昇一つをとっても、「我々には関係ないと言い続けられない」と言います。
また、“情けは人の為ならず、巡り巡って己がため”という諺を引き合いに、「途上国の人のためにすることが、巡ることなく直ちに、我々の子孫や自分たちにとって大切な人へのマイナスの影響を減らすのに役立つと考える」、つまり「『自分のことじゃない』と言う時に、狭く『自分』を考えるのではなく、自分にとって大切な人や故郷まで含めて考えると、だいぶ変わってくるのではないか」と、“自分ごと”の範囲を広げることを提案していました。
ラウンド2!
江守さんはまず、この1.5~4.5℃という数字は「気候感度」だと説明。
大気中の二酸化炭素濃度が倍に増えたときに、十分に時間が経つと、世界平均気温が何度上がるのか。地球の温度の上がりやすさを表す指標が気候感度であり、IPCCの報告書によればその幅が1.5~4.5℃である可能性が高いといいます。
では、なぜそんなに幅があるのか。その理由として、江守さんは”雲”の存在を指摘しました。
温暖化が起こるとそれに伴って雲がどのように変化するかは、すごく難しいといいます。
このため、「温暖化にともなって、どの地域にどういう高さや厚さの雲が、どのように増えるのか減るのかが、かなり正確に分からないといけない」。
また、最も説得力のある予測については、「温暖化のシミュレーションがたくさんあり、どれが正しそうかという研究はいろいろなされている」そう。
その上で、「大雑把に言って、雲が温暖化を増幅させるモデルの方が現実とよく合っているのではないか、という研究の方が多い」といいます。
これは、1.5~4.5℃の幅の中で、高い温度の方が現実に近いことを意味します。
しかしながら、将来の温度上昇がどうなるのかは、これから人類がどのくらいの温室効果ガスを排出するかによって全く違ってくるため、実際に何℃になるかは排出量次第であることを念押ししました。
気候変動について「科学」で分かっていることを話す江守さん。
開口一番「私の答えは悲観的」との宇佐美さんの言葉に、会場は一瞬ドキッとさせられます。
しかし、続きます。「では、日本の社会は何も取り組まないまま推移していくのかというと、必ずしもそうは思っていない」。
その理由を説明するために、宇佐美さんが具体例に挙げたのは、死刑制度廃止でした。
「ヨーロッパの死刑制度が廃止されたのは、当時のヨーロッパの人々が『死刑制度はやめたほうがいい』と思い、政治家がそのようにしたからなのか。そうではない。当時の人々は、死刑制度はあったほうがいいと思っていた」。
今ではヨーロッパに住む大半の人にとって、死刑制度がないことは当たり前になっています。
つまり、社会の多くの人が望んでいることに従って制度が出来ているわけではなく、制度を具体的に決める人たちの意見によって制度ができ、その制度の下で、社会の多くの人たちの考えが徐々に変わっていくことがあるわけです。
このことから、宇佐美さんが伝えたかったのは、「社会のシステムが変わっていくことがとても大事」だということ。
気候変動にテーマを戻すと、化石燃料でエネルギーを作ることをどう考えていくのか、国が全体の方向性を決めます。
この時に、社会のみんなが「化石燃料は使わない」と考えるから制度を変えるのではなく、「化石燃料はまずいのではないか」と制度に関わる人たちが意識を持てば、制度は変わり得る。時が経つと、社会にとってそれが当たり前になっている、ということもあります。
宇佐美さんが「倫理的な側面に関心を持つのが“大部分”の人というのはなかなか難しい」と言った背景には、社会に対する単純な悲観ではなく、社会を動かす”制度”への視点があったのです。
ラウンド3!
いわゆる、温暖化の懐疑論者の人たち、あるいは、アメリカでは温暖化を否定する人たちもいると言われています。その背景には、化石燃料で儲けている産業界とのつながりがあるとも。
では、日本で温暖化に懐疑的であったり否定的であったりする人たちは、なぜそう信じるのか。江守さんは次のように分析しました。
まず、欧米の懐疑論などに共鳴している人で、特に陰謀論が好きな人。次に、温暖化対策のためのガマンや負担といったネガティブなことに反発したい人。最後に、東日本大震災の後、温暖化対策を原発推進の口実と結び付けているという言説に飛びついた、脱原発派の人。
こう背景を分析した上で、温暖化に懐疑的な人々について、意外にも次のようにコメントしました。「最近は悟りを開いた。彼らの意見も社会の多様性の一部ではないか」。
この言葉に、会場から思わず笑いが漏れます。
江守さんは続けます。「社会には色々な人がいるので、地球温暖化そのものや、温暖化が人間活動のせいであることに疑問を持つ人がある程度いるということは、そういうものなんじゃないか」。
多様性が大事だと叫ばれる今日、「一般的にそう言われているなら、地球温暖化に対する受け止め方の多様性も認めていこうかな」と、最近の心境を明かしていました。
宇佐美さんは2つの懸念点を示しました。
一つは、国や地方自治体などの運営に“原理原則”が弱いことです。
「問題が明らかになって初めて、さあなんとかしないといけない、という対応になっている。原理原則が日本は少し弱いのではないかと心配」だと宇佐美さん。
特に気候変動問題は、世代をはるかに超えて長期にわたる問題であり、「100年後の日本がどうあってほしいのか。人々は幸せに暮らしていけるのか。先のことまで考えて取り組まないといけない」。
問題が起きてから急いで対応するのではなく、世界が今どんな状況なのか先読みしながら動く。このためには“戦略的に考える”ことが求められますが、これが弱いことを宇佐美さんはもう一つの懸念点に挙げました。
「日本はもともと技術力が高いので、それを新しい分野に振り向ければ、新しい技術ができ、新しいビジネスになる」と、気候変動の分野でも技術力を発揮することに期待。再エネ技術もすでに世界で新しい国際競争が起こっています。
それが分かってから対応を考えるのでは遅くて、どれだけ先に投資をして、実際に高い技術をその分野で持つのかがカギです。
それだけでなく、新たなビジネスが活性化することで「まわりまわって政府の収入になり、我々が受ける公共サービスがより充実することにつながる」とも。
気候変動問題への対策が社会を良い方向に動かすことになることにも触れ、先を見通して戦略的な行動をとることの重要性を指摘していました。
気候変動を「哲学」の視点からみて、問題提起をする宇佐美さん。
第2試合:講師×参加者
二人による質問と回答の応酬が終わり、質疑応答の時間になると、待ちきれないとばかり参加者から次々と手が挙がりました。
たくさん寄せられた質問のうち、いくつか選んで紹介します。
ラウンド1!
江守さんは「そういうところで仕事したことがないので想像になるが」と断ったうえで、次のように話しました。
気候変動に関する知識が伝わっていないし、それについて考える余裕もない、ということは実際にそうだろうと。
一方で、飢餓や貧困が気候変動によって悪化し、このまま進むとさらに悪化するということを分かっている他の国の人たちがいる。「本人たちが分かっていなくても、もっと悪くなると分かっている他の国の人たちが、対策に巻き込んでいく必要があると思う」。
その時に大切なのは、「途上国の人たちが、何かガマンをすることで対策に参加するのではない」ということ。
江守さんは「再エネの普及など、先進国の方から資金と技術を貸し、温暖化対策を一緒に進めることで、飢餓や貧困の解決をも同時に目指していく」と、他の社会課題解決も含めた温暖化対策を、当事者と一緒に進めていくことを提案していました。
“正義”という観点だけ考えればよいのかと言えば「そうではない」と、質問者の疑問に同意する宇佐美さん。
「私自身は正義について関心を持って取り組んでいるが、それだけではだめ。ある問題について、正義の視点から『こうなります』と言えたとしても、ではお金はどうするのか、他の影響は出ないのかなど、考えなければいけない視点はほかにも」と、総合的に見る重要性を指摘。
政策を実際に進めるためには、色々な分野の知識や知恵を持って議論をすることが必要だと言います。
だからこそ、「正義の観点から『政策をこうしましょう』とは絶対に言えないと、私は思っている」と宇佐美さんは強調しました。
ラウンド2!
突然、一個人としての考えを問われた江守さん。「僕自身は、みんなが喜んで温暖化対策をするようになればいいと思っている」と言います。
途上国や将来世代のことを考えて、大変な思いをしてまで温暖化対策に取り組もうと多くの人が考えるのは難しいだろうが、最近の傾向として、再生可能エネルギーの普及や地域エネルギーによる地方創生など、前向きな感じの取り組みが増えてきていると江守さんは指摘します。
「温暖化対策は、損ではなくて、やればやるほど得になり、楽しくてエキサイティング。世界全体がそういう感じになって、温暖化対策はやればやるほどいいので『当然やろう』というふうになることが、個人的には望んでいること。世の中がそうなるように何かしたいという思いがある」と、自分の考えを話しました。
宇佐美さんによれば、南側の国の人たちの発展の権利を“どこまで”発展する権利として考えるか、まさにこの質問のポイントを専門家たちも議論しているそうです。
“どこまで”発展するかの基準として宇佐美さんが挙げたのは、英語のdecentという単語でした。日本語で「きちんとした」「それなりの」などを意味する言葉です。
たとえば、現在のアメリカのような生活水準になるまで二酸化炭素を排出しなくとも、「健康的に生きていくことができ、社会の一員として周りの人たちと尊敬し合いながら暮らしていくことができる。このことを世界中のすべての人に保障するようなことを、”発展の権利”だと考える人たちがいて、私自身もそう思う」と宇佐美さん。
温室効果ガスをたくさん排出しなければ、発展できないわけではありません。
たとえば、石油のパイプラインを引くのではなく、太陽光パネルを設置してエネルギーを確保し、発展することもできます。
発展と言うときに「どうやって発展するのか」、すなわち気候変動対策とトレードオフにならない“発展のし方”を考えることを促していました。
対話を終えて
講演形式ではなく、お互いに疑問を投げ合ったり、参加者から多種多様な質問が飛んできたりすることで、色々な角度からテーマを深めた今回のサイエンスイエンスカフェ。
“戦い”、もとい対話を終えた二人は、どのような手ごたえを得たでしょうか。
宇佐美さんは、「時々、一般市民向けの講演などをさせてもらっているが、今日は特に色々な意見をいただいて私自身も刺激になった」と参加者に感謝しました。
江守さんは、宇佐美さんへの最初の質問の回答で「70年すると日本は衰退して、気候変動に脆弱な国になっているかもしれない」と宇佐美さんが発言したことに、ドキッとしたと話していました。
また、「会場の熱量がだんだんと上がってきた感じがあったので、すごく満足だった」と振り返っていました。(終)
終了後の2人の笑顔が、充実度を物語る?
[掲載日:2018年12月27日]
取材、構成、文・岩崎 茜(対話オフィス)